don.01.Sep.
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夏が戻りかけてきたと思ったら、なんとまぁ、既に九月である。
[本日購入したCD]
あいもかわらずWagnerやら、ド
イツ語版のオペラやら、マーラーやらである。
@シュティードリー指揮MET ヴァー
グナー:『ローエングリン』全曲 独Archipel 6.99E
[ジャケット無し]
@シュティードリー指揮MET ヴァーグナー:『ヴァルキューレ』全曲 独Archpel 6.99E
@モラルト指揮ヴィーン響 ヴァーグナー:『パルジファル』全曲 独Walhall 9.99E
@クナッパーツブッシュ指揮ベルリン・ドイツオペラ座管 ヴァーグナー:『パルジファル』
第三幕 米Music & Arts 6.99E (墺Preiserでも同じのが出ていた)
@ナガノ指揮ハレ管 マーラー:『嘆きの歌』(初稿版) elatus/Warner 4.99E
@ベリオ指揮PO ハンプソン マーラー/ベリオ編:歌曲集 elatus/Warner 4.99E
@ブーレーズ指揮 ストラヴィンスキー:管弦楽曲集 Sony 6.99E
(旧盤のジャケットより:この二つのCDの組み合わせ。)
[ジャケット無し]
@ボストック指揮チェコ室内フィル管 シューマン:交響曲全集(自筆稿版) TIM 3.99E
(本家スウェーデンのクラシコよりラ
イセンスを受け、廉価の雄TIMが出したもの。世界初
シューマンの自筆稿をご存知ブライトコプフ・ウント・ヘルテル社から出たエディションのもの)
@ヘンゲルブロック指揮バルシャザール・ノイマン・アンサンブル バッハ:詩篇51他
DHM/BMG 4.99E
@シュレーダー指揮フランクフルト放送響 モーツァルト:『ドン・ジョヴァンニ』ドイツ語版
全曲 独Walhall 6.99E
@ザヴァリッシュ指揮バイエルン放送響 レオンカヴァルロ:『道化師』ドイツ語版全曲
独Walhall 2.99E
@シュレーダー指揮ヘッセン放送響 ジョルダーノ:『フェドーラ』ドイツ語版全曲
独Walhall 2.99E
@ヴェッツェルスベルガー指揮シュトゥットガルト南部放送響 ドビュッシー:『ペレアスと
メリザンド』ドイツ語版短縮版 独Walhall 3.99E
@ロッシ指揮WDRケルン放送響 ヴェルディ:『椿姫』ドイツ語版全曲 独Walhall 3.99E
以上(異常?)
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don.01.Sep. |
<本日聞いた音楽>
@ナガノ指揮ハレ管 マーラー:『嘆きの歌』
(初稿版)
(「初
稿版」である。通常の演奏は、第三稿を使用しており、このナガノ盤は初稿での世界初録音となったもの。スコアをもっていないので、詳細は分からないが、旋
律及び、構成=児童合唱団が付くが少なからず異なる。演奏も、あのバルビローリのオケとは思えないほどに「現代的に」醒めた解釈をおこなっており、意義或
る録音だと思う。録音も優秀。合唱もかなり宜しい。
@ベリ
オ指揮PO マーラー:歌曲集(ピアノ版及びベリオ管弦楽編曲版)
(自身作曲家でもあるベリオがマーラー記念の歳にマーラーの初期の作品を現代風?に管弦楽曲として施したもの。元来はピアノの為で歌唱はテノールの為であ
る。ハンプソンの声はなかなか色気のあるものだが、深味に欠ける。)
@ク
ナッパーツブッシュ指揮ベルリン・ドイツオペラ歌劇場管 ヴァーグナー:『パルジファル』第三幕
(どうやら、このオケとの共演は同第一幕への前奏曲しか残されていないようだ。驚いたのが、年代。1942年のものだが、音質及びクナの解釈が後年の戦後
バイロイト新時代のものと殆ど変わりが無いのである。変化が無い、というのではなく、クナのパルジファル解釈が早くもここで定着しているのである。見事と
いうか立派というしかない。身震いして感動してしまいました。流石です、クナ殿。痺れました。特に最後のハープと合唱にて。)
@ブー
レーズ四季BBC響、NYフィル他 ストラヴィンスキー:『火の鳥』(1910年版)、『プルチネルラ』他 Sony
(ご存知ブーレーズのストラヴィンスキーである。悪いはずがない。尚、『火の鳥』の1910年版は初めて聴く。それにしても、BBC響はブーレーズの指揮
にかかるとまるで魔法のように、透明で精緻な音つくりをなす。NYフィルとの『プルチネルラ』は残念ながらオケ、録音ともどもよろしく無い。なんか、こう
すれているのである。原曲であるペルゴレージの良さが出ておらず、味わいと新古典主義の面白みが分からなかった。これはやはりヴァントかケーゲルのが良
い。もっともブーレーズの解釈自体は勿論傾聴に値する。)
そういえば、二日前に日光浴をしながら読んだ本を紹介しよう。「外国人」による優れた日本語及
び日本文学の紹介である。著者の暖かい眼差しと尊敬とが文章から垣間見れる。
*ドナルド・キーン著:『日本語の美』 中公文庫
その後、ブルーノ・タウトの『ニッポン』を読み始める。
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son.04.Sep. |
昨日は、日本関係の本を読破。両方とも
既に、半ばあたりまで読み進んでいたのだが、なにせ、一つは面白くないのと、もう一つは難しいのとで、ようやく読了までこぎつけた。
*ピーター・ミルワード著 『ザビエルの見た日本』 講談社現代文庫
*新渡戸稲造著 矢内原忠雄訳: 『武士道』 岩波文庫
上記のは日本文化、日本人を時代を超えて、逆の立場で考察・観察したもの。一つは16世紀にイエズス会としてポルトガル
から「わざわざ」日本にきた宣教師。もう一人はアメリカ在住で、一種の外からの内なる日本を研究したもの。面白いのはやはり、両者の「立場」であろう。ザ
ビエルはそれなりに日本人、日本文化の理解があるものの、やはり所詮16世紀の、ヨーロッパ人、しかも、重要なのは宣教師、ということである。エゴイス
ティックで反アカデミック、基督教絶対主義で、自己批判の全く無い〜当然といえば当然だが〜ザビエルの立場は当時の、そして今日でもいまだ現存している
ヨーロッパからの日本観であり、日本人論である。即ち、キリストvs異端・異教徒、ヨーロッパ=絶対vs非ヨーロッパ=非文明国、という図式である。問題
なのが、個人の矜持からなのはもっともなのだが、研究なしで無知の状態で、相手を批判し、自分の党をこれまた二元論式に持ち上げることだ。それが、一元教
でヨーロッパ帝国主義の限界なのであるが、これでは、これだけでは自己正当化や理論化は出来ないのは当然であろう。そう云う意味では、「或る一つの」
「偏った」論説ではあるが、全うな文明論ではない。
さて我等が新渡戸博士の場合はどうか?勿論彼は、日本文化、日本人を「正当化」、正確な認識を欧米人に与える為にかかれ、またこれは日本人自身のために
も書かれたものだとは思うが、先ず最初の思うのがやはり、学者であり、上記のザビエルの非アカデミックな文章と全く異なる。即ち、『武士道』は1899年
に、Bushido, The Soulf of
Japanとして英語で書かれたものなのに、100年以上だった今日でも古びることがないのだ。勿論、武士道という古めかしいものは表面上、日本文化か
ら、それが完全ではないにせよ見受けられない。しかし、新渡戸流に言うと、「徳」として、日本人の中にいまだに、そして半永久的に残るものだと思う。た
だ、この岩波の矢内原版の翻訳はやや硬い。もう少し分かりやすい訳をつけてくれるとありがたい。重版だが1974年の再翻訳であるそうな。
@シュティードリー指揮MET
ヴァーグナー:『ローエングリン』全曲
(第一幕の前奏曲はしっとりとしていながらも、深味と温かみのある演奏だが、どうも、この指揮者はそれが徹頭徹尾なされていおらず、全体的にかなり粗のあ
る演奏となっている。少々の煽りもあって面白いのだが。)
@ボス
トック指揮チェコ室内フィル管 シューマン:交響曲第一番、第四番
(どうやら、初稿らしいスコアを使っているようだが、それほどの違いはない。ただ、軽量級でジンマンのような爽快さが楽しめた。)
@ラン
クル指揮コヴェントガーデン ヴァーグナー:『パルジファル』第二幕
(モラルトの『パルジファル』よりのボーナストラック。ランクルなる指揮者も初めてだし、この曲が他の幕もあり、全曲なのかどうかは不明だが、なにせ、ク
ンドリーに晩年ながらフラグスタートが唄っている。ライブでもあるし。)
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mit.07.Sep. |
先日購入した、ボ
ストックのシューマンの交響曲。初稿版ということで期待したが、大いにはずれ、同じく軽量級のジンマンを聴いた。この演奏は爽快である。目から鼻に抜け
る、というか耳鼻科へいって全ての「障害物」を取り除いてもらったような感じがする。こういうのはロマンティックとか、オーセンティックとか陳腐で使い古
された言葉の正反対のもので、兎にも角にも、気持が良い。女性的といえば、女性的なのだが、しっかりと芯の一本通ったもの。
ベートーヴェンはいまいちそのよさが直ぐに分からなかったのだが、このシューマンの演奏は更に滅法面白い。彼はすべてをかる〜く流してしまうのだが、そ
れでいて心に残るものがちゃんとある。こういうので彼のブラームス、ブルックナー当たりも聞いてみたいですな。
そ
の他には、イタリア近代の名匠、NaxosのCasellaとMalipiero。リフレッシュで斬新である。
近い将来のことを考えて、荷物の整理及びごみ捨て。
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don.08.Sep. |
今日は久しぶりに理性が失ってしまっ
た。別に怒りで自我を失ったわけではない。
理由はこ
れ。だから、今日のコメントはこのへんで。こう云うも日もあります。
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sam.10.Sep. |
先日はどうもおセンチになってしまった
ようだ。しかし、感動する人、感動するものは突然にやってくるものだ。
余り面白くも無いし、それほど印象深くないが、最後まで読んでしまった本。やっぱりモーツァルトの専門家だから、どうしても、各作曲家とモーツァルトを
強引にひきつける、結びつける手段はご愛嬌。でも、一般的に文章が稚拙で、面白みが無い。切り方はシャープでもなく、だれている。
*海老沢敏著 『巨匠の肖像 ヴァーグナーからガーシュウィンへ』 中公文庫
この文章を書いている時、TVでロンドンの馬鹿でかいロイヤル・アルバート・ホールから『ラスト・プロムス』を放映している。今年はアンドルーのディ
ヴィスではなくて、顎が長くでかい、若いお兄ちゃん(結構いい歳いっているいと思うけど・・・)。Paul Danielでした。
最
近聞いたのは、なんと久しぶりの英国音楽。RVWとエルガー。こういう紳士的、というべきか、まったりと、というべきか、落ち着きの或る上品なものは、や
はり英国だな、と自然と思ってしまう。エルガーの交響曲第一番はあのリヒターが指揮し、彼に捧げられたもの(「音楽の捧げもの」)。初演でもかなり評価の
高かった第三楽章、結構はまってしまうかもしれない第四楽章の主題、などこういったものもありかな、と許容できる歳になったのであろう。録音はナクソスで
ハースト指揮マンチェスターのBBC響。
同
じオケでダウンズ指揮の交響曲第二番は聊か迫力のないものだが、「落日的」な作風は良いかもしれない。
そ
の前に聞いた、ボールト指揮のエルガー、『エニグマ』変奏曲及び『威風堂々』全曲は流石、ロマンティック指揮者の本領発揮というべきで、聴いていてこちら
までうきうきする。
クー
ベリック指揮バイエルン放送響のベートーヴェン:『ミサ・ソレムニス』は真摯で温かみのある、それでいてスケールの大きい、恰幅の良いクーベリックの特質
を十二分に出したもの。それが、ライブであるから更に魅力は増す。独唱ではテノールのシュライアーが傑出。ヴァイオリンソロはコンサートマスターで、最近
亡くなったケッケルト。
MET
のライブからのもので、初出の『ヴァルキューレ』は一幕だけ。1949年の録音の割には〜METにしては〜ましで、左右に広がりにある音には吃驚。この録
音ジークムントがメルヒオールではなく、マックス・ローレンツ。
意
外と穴場はこの録音。Teldecから廉価で出ている、プレヴィン指揮RPOのブラームス『ドイツ・レクイエム』。押し出しの強い、またクレンペラーより
スケールが大きく天井がぶっとんでしまうような一種の「濃さ」はRPOだから出来た演奏であろう。殆どヴァーグナーか、ブルックナーのようなもんだ。この
曲につきものの「深刻さ」、「陰険さ?」、「泥臭さ」、「抹香臭さ」がなくて良い。
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son.11.Sep. |
なんと涼しい。降雨。蒸し蒸し。日本は
選挙か。こちらでは選挙戦、アメリカでは911のライブで、それほど重要視されていませんな。
音
楽は昨日に続きStiedryの『ヴァルキューレ』第二幕、第三幕。
ナ
クソスでのサッカーニ指揮アイルランド国立響、ロイド=ジョーンズ指揮ロイヤル・スコットランド国立管によるホルストの『惑星』冥王星つき。24Bit録
音だそうで、素晴らしく明快・明瞭に音が聞こえて宜しい。Naxosもやればできるじゃん、というお話。演奏も勿論素晴らしい。壮大な宇宙を表現するには
こういうのが宜しい。
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mon.12.Sep. |
秋到来か?秋深しか?晩飯を
TakeOutする時には既に秋風が。かなり寂しいですね。暗くなるのが早くなりますし。
少々日記をマイナーチェンジ。見やすくなったかな?過去のも色々と更新・変更。
音楽は北欧もの(ナクソスのステンハンマー交響曲第二番、少々能天気で深味にかけるかなスヴェンセンの交響曲第一番、第二番。ただ、第一番の第二楽章
Andanteはこれぞ北欧ロマン!感動しましたね。20Bit録音だそうな。)、RS(B.C.のノイハウス指揮で『薔薇の騎士』及び『アラベラ』の名
場面集、マタチッチ指揮POの『アラベラ』抜粋。これはEMI)ものを楽しんだ。他には最近はまっているイギリス音楽の雄、エルガーからグローヴス指揮の
もの。 BBCRadio Classicsからの一枚。
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die.13.Sep. |
涼しいですね。午後には既に秋風が舞う
季節。今度という今度は流石に夏は終わってしまったのでしょう。残念ながら。また、来年までのお楽しみ、ということになるかな。
ショルティ指揮ヴィーン・フィル 独Decca
先日からはまっている〜先月買った英語版のMETにおける実況、ケンペによるもの〜『アラベラ』。まるで、ヴィーン風にアレンジされた映画音楽、いや、後
輩なんかが、RSの音楽を真似たから、彼が本家ご先祖様、ということになるのかな?それでも、「芸術性」というか、「高貴さ」を感じさせるのは流石RS。
最近とんとご無沙汰だったから、オペラや管弦楽を含めて自分の中で復権するかな?『アラベラ』は残念ながら『サロメ』、『薔薇の騎士』と比較してそれほど
上演機会及び録音機会もないから、接しうることが出来ないのだが、CDでは結構持っている。CDRに焼いた、テイト、ザヴァリッシュは未だに聴いていない
し、最近ようやく出たカイルベルト指揮VPOのOrfeo盤も買う機会はないであろう。イタリアライブでのvon
Zallingerとか、初演者であるKrauss指揮のザルツブルク音楽祭、は聴いてみたい気もするが。そういえば、METでのティーレマンのライブが
DVDであったか。ディスコグラフィーによると、それが全てらしい。他の、カイルベルト指揮バイエルン国立、ベーム指揮ザルツブルク音楽祭、レンネルト指
揮RAI、ケンペ指揮METは持っているから。なんと新録音が20年ほど途絶えている。この若き獅子ショルティ指揮VPOのは歌手の面子が凄い。
Della
Casaの題名役は作曲家自身にほめられたものだし、実際素晴らしい。これがアラベラの「あるべき」形態なのであろう。尚、このジャケットはリマスターさ
れる前のもので、旧盤。初期のDeccaのスタジオ録音宜しく、ごりごりしていて、音色の温かみ、管楽器の色気がそれほど出ているとは決して思えないけれ
ども。驚くべきは若き指揮者Soltiのオケのコントロール。少々真っ直ぐすぎて、変化球には乏しいけれども、威力と若さを感じる名演だと思う。
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mit.14.Sep. |
本日は昼間からこってりした中華。夜は
トルコ料理。そのまま、ビール。今、家でもビール。またおかわりでビールでしょう。その後はイタリア赤ワインか?
音
楽はやっぱり『アラベラ』モード。今日はこの曲の最高の演奏であるカイルベルト指揮バイエルンの洗練とダイナミズムが共存した稀有な演奏。ライブで、
1963年のバイエルン音楽祭の一環のもの。これ、数年前までは入手不可能だったのだが、ようやく入手可能になった。小生は、いまはなき渋谷Waveの店
じまいセールの時に、イッセルシュテット指揮の『イドメネーオ』と一緒に買ったのを覚えている。
指揮者のカイルベルトはRSの録音既に6種類もの〜未確認だと8種類か?〜が入手可能だが、その中でも際立って美しいもので、彼の数ある録音暦で代表作で
あろう。歌手が凄い。『アラベラ』の一世紀を謳歌した歌手揃いで、Della
Casaの題名役、ZdenkaのRothenberger、MatteoにはFD。強烈面子とはこのこと也。そのすべてが音楽を楽しんでいる雰囲気が音
だけでも分かるのはやはり、素晴らしいことだ。音、藝術が体と一体化した、というものなのかな。録音も1963年のライブにしてはとても良い。臨場感たっ
ぷり、とはこういうことで、こもっているけれども、緊張感とあでやかさが、音楽だけではなく、一期一会の演奏会での模様を肌で分かる。
指揮者のカイルベルトはWagner指揮者だけではなく、RS指揮者としても立派過ぎるほど立派。『火の危機』、『サロメ』ニ種類、『薔薇の騎士』、
『ナクソス島のアリアドネ』、『影の無い女』(廃盤!なんという文明だ!)、『アラベラ』(ベルリン国立のLiveがアーカイヴにある)、『エジプトのヘ
レナ』の録音がある。Wagnerだと、初期のを除いて『Parsifal』以外録音がある。因縁深い『Tristan』は放送録音があるし。やっぱりラ
イブは面白い。
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sam.17.Sep. |
昨日、金曜日目が覚めたら咽喉が痛い。
だるい。筋肉痛。そう、風邪です。なにせ、急激に寒くなり、13度くらいになったから。周りでも皆さん、寒そう、風邪ひいていそうな顔しております。薄い
コートを着ている人も多くなりました。いよいよ秋を通り越して、初冬です。
家にある、栄養になりそうなものを摂取している。先ずは、ニンニク・ハードというもの。お次、梅干さん、そして、ビタミンCのHI-CEE-L。後は咽
喉飴+咽喉スプレー。
今日から禁煙し
ます。最近見ているBlogでも管理人がやっているそうだし、ネット公開すると、良い緊張感があるかもしれないし。咽喉痛いし、美味しくないし、寒いし、
金かかるし、健康に悪いし、臭いし、煙いし、肌に悪いし、他人に迷惑かけるし、立場ないし、火事の心配もあるし、ということで、とりあえずは最初の一歩か
ら。
体
調悪い時には何をやっても何を聞いてもだめ。集中力に欠けるし、聴いていて全然面白くない。こう云うときの判断は宜しくない。
だけども、はまっている『アラベラ』はBGMとして〜しか聴けない:集中できないから〜。昨年だったか、図書館で借りてきてコピーしたもの。CDRです。
なにせ、Orfeoだから。高くてかえませんって。聴いていたら演奏が巧いから、これ、てっきりバイエルン放送響の方だと思っていた。でも、バイエルン国
立歌劇場のオケでした。スタジオ録音では意外とがんばりますね。
他にはバルビローリ指揮
VPOの高名なブラームス全集。バルビローリはVPOをこれしか指揮していないし、録音もしていないはず。素晴らしいのだが、感動しないのは、体調のせ
い。即ち聞き手である私の責任。
『アラベラ』は続くよ。廃盤だが、素晴らしく丁寧なテイト指揮の全曲版。Deccaは長いこと廃盤しているが、これはもったいない。イギリスで活躍の歌手
を集めているせいか、彼らのドイツ語が、一種「こてこての」ドイツ語に聞こえるのが面白い。
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son.18.Sep. |
禁煙二日
目。たいしたことがないのだが、それでも本人にとってはギネスブック並みの努力か?メリットが一杯あると、自分に暗示をかけ、デメリットはないと、自分に
暗示をかける。
本日は選挙。6時の開票結果が非常に面白かった。予想を裏切る与党の健闘。正直混乱で、これからの与党へのパートナー探しが本格化するが、あのぶ女をこ
れ以上見たくない。結果からすれば、二大政党からの有権者離れ、少数与党への思わせぶりの期待か?
正規盤ではない、レンネルト指揮ローマRAI管によるライブによる『アラベラ』。もわ〜とした音色で頭が冴えない本日には丁度良い音源である。全体的にと
りたてて云うほどでもないもの。
RSは続き、久しぶりのブームか?ジンマンによる一連の管弦楽曲集録音のなかから、『家庭交響曲』のものと、『ツァラ』他のもの。両録音とも、気持が良い
ほどに細かいところまで手及び目が届き、細心で入念な味付けを施したもの。録音も優秀であろう。スーパーオケではないものの、面白みを出した、という意味
ではこのチューリヒ・トーンハレ管は勝利であろう。
後
はモーツァルトの傑作の一つである、13管の為のセレナーデ。dhmのMozart Editionの一環である、Collegium
Aureumの録音で。
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mon.19.Sep. |
禁煙三日目。意外と普通。自己暗示をかけているから。風邪?花粉
症?は依然治らず。
本日もジンマンの一連の録音。これほど、爽やかな見通し良い『英雄の生涯』も稀であろう。カラヤン以下の悪しき風習から抜け出して、自分の言葉で語ること
が出来るのはやはり素晴らしい。音圧ではなく、音の細やかさでエクスタシーを感じさせるものだ。
引き続きモーツァ
ルトのセレナーデ集。今宵は『ハフナー』。及び『ポストホルン』。両者ともマイアー指揮Collegium Aureumで。(dhm-RCA)
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die.20.Sep. |
禁煙四日目。大丈夫大丈夫。暫くこのままいってみましょう。
昨日は夜に赤ワインを呑みながら、以下の本を読んだ。
@小松雄一郎著 『ベートーヴェン 音楽ノート』 岩波文庫 青
この本を読んでいたら無性にベートーヴェンを聞きたくなったので、このメモにその成立について書いてある『ミサ・ソレムニス』を深夜なのに取り出す〜音
量は控え目に。一番好きである、リリング指揮のもの。これは是非聴くべきだな。使い古された言い方だが、やはりBeethovenは偉大である。その前に
は、C.Davis指揮バイエルンの『ハフナー』。
ジンマンの録音は、
Vol.1の『イタリアより』と、Vol.6の『ドンキホーテ』。両者とも快感ともいえるべく音が飛び出してきて、もっさりしていない、すこぶる健康な演
奏。でも、アナリーゼの凄さはやはり一級。無名な初期の作品と、RSの変奏曲をどう捌くかは、低脳な指揮者では到底ここまで到達できないであろう。明快さ
と愉悦が同居しているともいえる。騒ぎすぎないが、要所要所をばっちり押さえているので、素直に音楽自身を楽しめる。この人確か、モントゥーやセルの弟子
ではなかったかな?音響やコンサートホールも素晴らしい。この録音から一連の録音が開始されたが、無理しておらず、それいてよく広がるホールだ。チェリス
トも優秀。叙情味たっぷりだが、こてこてではない。ジンマンのこの録音に巧くマッチしている。
(ジャケットが懐旧の念を誘う。確か高校時代にかったはずだから)
久しぶりのベートーヴェンは合唱曲から。コンヴィチュニー及びコッホによる合唱曲集。『合唱幻想曲』はDDR版でベッヒャーの新しいテクスト。似たような
趣旨でこれまたマニアックな選曲がたまらないのは、これまたリッケンバッハー指揮ベルリン放送響によるベートーヴェンの合唱曲集。版の違いや、貴重な演奏
もあるからベートーヴェンの新たな一面が聞こえる。『ミサ・ソレムニス』と比較して割をくってしまっているけれども、なかなか充実したスケールの大きい、
「荘厳」なミサ曲ハ長調はリヒター指揮のもので。
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mit.21.Sep. |
禁煙五日目。まだまだいけますね。あいも変わらずインド料理。今
日はそれほどでもなかったかな。
本日もいくつか、サイトの変更。やはり、以前のはリンクがうまくいっていなかったり、文章だけだったりと面白くない。昨日、初期の、こちらへ来たてで、
直ぐにあったドレースデンにおける、R.シュトラウス週間の旅行及び音楽感想記事を読んだのだが、自分でも吃驚するほどよく書けている。勿論、未成熟のと
ころもあるのだが、音楽を聴いたその感動をそのままではなく、或る程度醒めて、距離を置いて書いていたり、デティールにこだわったりと、なかなかどうし
て、自画自賛ながら感じ入ってしまった。勿論、今でも自分の文章の悪いところや妙な癖、また言い回しなどが繰り返し使用されていたり、或る程度は成長がな
されていないかもしれないのだが、それはそれとして本人の文章能力、文章構成力、即ちつまるところ本人の個性、でもある。
個人的な願望としては、当然のことながら、もっと語彙、及び言い回し、センテンスの洗練、様々な角度から考察できることを望むのではあるが。後は、自分
の趣向・嗜好がばれないことであろうかな。勿論、意外性ばかり期待したり、追跡したりするのは意味の無いことだから。後は、自分の好みではいものも、その
中から良さ、また美しさを見つけ出すこと。更には、なぜその中から自分の「求めているもの」が無いのか?もしくは見つけられなかったのか?などを克明に記
録できるよう、訓練することかな。その為にはやはり、良い文章のお手本を読んだり、幅広く分野を制限することなしに、読むことかな。
大好きな『アルプス交響曲』。勿論ジンマン指揮のもので。だが、聞き手が集中力に欠けているので〜なんか、アレルギーのせいか、全てにおいて緊張感が欠け
ている〜それほど楽しめず。
ベートーヴェン熱は止まず。ガーディナーによる古楽器の刺激的な全集の中から。1番から4番まで。そうそうこのハイテンションで全部は聴きとおせない。
その他には
Spering指揮のメンデルスゾーン版によるバッハ『マタイ受難曲』。
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don.22.Sep. |
明日から暫く旅行に行きます。「探さないで下さい」。期待半分、
不安半分。
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don.29.Sep.
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なんとか火曜日の昼にベルリンの自宅へ「帰国」。今回の旅は最低・最悪だったので、詳細は書かな
い。と思う。
こ
んなときにはマゼールのマーラー全集でも如何?かなり、マニアックだが凝っているもの。VPOをこれほど「いやらしく」演奏させたのはひとえに指揮者のマ
ニアックさであろう。尚、ジャケットは断然分売のものが世紀末ヴィーンを彷彿させて宜しい。
他はまぁ、色々と。
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fre.30.Sep. |
九月も最終日。十月に入ってこの項を書いている。
すでに昨日あたりから、室内暖房が解禁。部屋の中はなかなか快適である。体調も戻ってきたし、やる気もようやく出てきた。しっかし、9月後半は不運続き
だったな。これも、前世の悪行なせる業(ごう、わざでも可)か?
音
楽では相変わらずマゼールのマーラー、ベーム指揮の『アラベラ』(ザルツブルク音楽祭のライブ〜悪評高いあの二人の利マスター)と、今はなきイタリアAS
-Discのヴァルター指揮のハイドン。
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