"Und morgen wird die Sonne wieder scheinen..."

[Diary; Tagebuch; 日記]


「そし て、明日も又太陽は昇るでしょう・・・」という歌曲の一節からとった
この項は小生 が日頃何を聴き、何を考えているかを記す場所です。


[Richard "Meister" Wagner, "Richard I"]

[A.D. 2005 / Heisei 17]

June / Giugno

[Last modification: 14.Jul.2005]


mit.01.Jun.
  なんというか、かんというか。急激に冷え込んで六月に突入。五月の最後の週が異様に暑かった
ので、そのリバウンドがかなり厳しい。それでも、半袖だったり、薄着だったりするドイツ人は単なる
阿呆か?それとも痴呆か?ま、鈍感で、センシヴィリティーとフレキシヴィリティーがないんですな。
 こういうところ「も」真似しないで良し。

[本日購入 したCD]

@ラインハルト・ペータース指揮ベルリ ン・ドイツオペラ管 ロッシーニ:『セヴィリアの理髪師』
ドイツ語版抜粋 独DG 2.99E


@シュティードリー指揮METオペラ座 ヴァーグナー:『ニーベルングの指輪』全曲
独Gebhardt 27.99E
 (なんと11CD で収まってしまう。〜勿論カットがあるだろうが)
(初版は2001年だが、表紙には2004年にリマスターした旨が書かれてある。)



@ケンペ指揮METオペラ座 ヴァーグナー:『タンホイザー』全曲 独Walhall 6.99E


@カラヤン指揮バイロイト祝祭管 ヴァーグナー:『ジークフリート』全曲 独Walhall 6.99E


@ブッシュ指揮METオペラ座 モーツァルト:『フィガロの結婚』全曲 独Walhall 3.99E


@ポンマー、ロッチュ他指揮 ソリスト バッハ:『バッハ・エディション・ライプツィヒ』
独Capriccio 10CD 16.99E

[本日聞いた音 楽]
 ペータースのロッシーニやら(廃盤だと思っていたら、餌箱で発見。しかも安いしね。これでDGの
ドイツ語オペラ抜粋シリーズは後6つとなった。ま、気長に待ちましょうか。どうせ、他のも廃盤決定
だろうしね。)、ケンペの『タンホイザー』(かなり熱くて宜しい。寒い時にはこういうのはOK)やら。
don.02.Jun.  本日は睡眠不足でしかも、色々とオルガ ニゼイションをしなければならなかったので、疲れている上に、(それ故に?)何もする気が無い。受身姿勢・・・最悪。しかも、寒いんだから、暑いんだが、 蒸しているせいか、どうもよろしくない。もう、本当に勘弁してください、の天候。


[本日聞いた音 楽]
 時間が無い。深夜になってから音楽を聴くとしよう。昨日の続きでバッハ・エディションだな。因みにこのバッハエディションの中の管弦楽組曲(ポンマー指 揮)は全てご丁寧にも繰り返しを施しているが、これは少々うざいと思う。独奏者は旧東ドイツの名手を集めている。
fre.03.Jun.  週末である。難しい授業が終わるとほっ とする。更に、今日はかなり蒸すものの非常に暑い。いい加減この不安定な気温変化はこのままになってほしいものである。
 この天気だから、早速散歩をする。皆さん、散歩やら外で食事やら、ビールやらと忙しそうだ。


[本日聞いた音 楽]
@カラヤン指揮バイロイト祝祭管 ヴァーグ ナー:『ジークフリート』 独Walhall

(いや、これもって実に素晴らしい記録である。やはりカラヤンのライブ、それもオペラの50年代のは実に流れをよくもっていき、歌手とオケとの融合、盛り 上がりの併せ方のうまさ、そして、他のカペルマイスターの指揮とかなり異なる=文章で表現するのは難しいのだが、一種の新鮮さ、モダーンさを感じる。同じ レーベルで聞いた、『ラインの黄金』及び『トリスタン』も全く持って見事な演奏・解釈であった。尚、この素晴らしい | | によると、カラヤンのWagnerは・・・

1951年:バイロイト実況での『マイスタージンガー』(EMIへの商業録音)
同年:同曲、(純粋な一日での記録〜ライブ、Arkadiaなどで発売、恐らくラジオ放送から?)
同年:同 『ラインの黄金』(EMI原盤だが、発売されていないものを、他の会社から既発売)、
同年:同 『ヴァルキューレ』(EMI原盤。だが、三幕のみ発売)、
同年:同 『ジークフリート』
同年:同 『神々の黄昏』(EMI原盤、だが今までに未発売)、
1952年:バイロイト実況での『トリスタン』、
1957年:ヴィーン国立 『ヴァルキューレ』、
1958年:スカラ座 『ヴァルキューレ』
1959年:スカラ座 『トリスタン』
1961年:ヴィーン国立 『パルジファル』(RCAより発売。曰くつき)
1963年:ヴィーン国立 『タンホイザー』(DGより発売)
1966年:BPO 『ヴァルキューレ』(DGへの商業録音)
1967年:BPO ザルツブルク復活祭音楽祭 『ヴァルキューレ』
1967年:MET 『ヴァルキューレ』
1967年:
BPO  『ラインの黄金』(DGへの商業録音)
1968 年:BPO ザルツブルク復活祭音楽祭 『ラインの黄金』
1968年:
BPO  『ジークフリート』(DGへの商業録音)
1969年:MET 『ラインの黄金』
1969 年:MET 『ヴァルキューレ』
1969年:MET 『ジークフリート』
1969年:
BPO  『神々の黄昏』(DGへの商業録音)
1970年:BPO 
ザルツ ブルク復活祭音楽祭 『神々 の黄昏』
1970年:ドレースデン 『マイスタージンガー』(EMIへの商業録音)
1971年:BPO 『トリスタン』(EMIへの商業録音)
1973/78年:BPO 『ラインの黄金』(Unitelへの映像)
1975年:BPO 
ザルツ ブルク復活祭音楽祭 『マイスタージンガー』全曲?
1975年:BPO 『ローエングリン』(EMIへの商業録音)
1976年:BPO 
ザルツ ブルク復活祭音楽祭 『ロー エングリン』
1979/80年:BPO 『パルジファル』(DGへの商業録音)
1980年:BPO 
ザルツ ブルク復活祭音楽祭 『パルジファル』
1981-83年:BPO 『オランダ人』(EMIへの商業録音)
1983年:BPO 
ザルツ ブルク復活祭音楽祭 『オランダ人』
となっており、かなりの量のWagnerを演奏、録音している。
50年代、60年代の脂の乗り切ったライブのWagnerをカラヤンで是非聴いてみたい。

sam.04.Jun.  週末である。何はともあれほっとする。 しかしながら、今日はうすら寒い。えぇい一体どうなtってんだ!昨日は暑かったし、今日は涼しいし。まったくもって怒りというか笑いだな、こりゃ。
 天候は関係せずに、今日は掃除、清掃などをする。やはり几帳面な正確は得している。こういう時だけね。

 なにせ、まだまだ机の上が氾濫して、カオス状態なので読書を始める。なにせ、本の山なので。で、数時間で以下の本を読破。薄いが、なかなか読み応えがあ り、前知識ない小生には少々難儀だったかな。その後他のジャンルの本も読書開始。

★田之倉稔著 『ファシズムと文化』 世界史リブレット 山川出版社



[本日聞いた音 楽]
週末なので、オペラばかり聴いている。

@ブッシュ指揮MET モーツァルト:『フィガ ロの結婚』 独Walhall
(これは、有名なグラインドボーンのではなくて、戦後直ぐのMETでのライブ。初めて発売されたようだ。ブッシュはオペラ指揮、特にそのモーツァルト解釈 で一世代を築いた男だが、この演奏でもそれが遺憾なく発揮されている。残念ながら音の状態は万全、他の当時のMETのライブ録音と同様〜とは言いがたい が、その核心だけをとりながらも、音楽そのものを取り上げたような解釈には心底感銘を受けた。グラインドボーンのは少々歌手がいまいちだった覚えがあった が〜日本なんだな。だから、数年聞いていない。NaxosのものでもDon Giovanniも合わせて欲しいものだ〜これはヴィーンのモーツァルト・アンサンブルとは言わないまでもMETのスター勢ぞろいといった感がある。)

@シューヒター指揮ベルリン響 プッチーニ: 『ラ・ボエーム』ドイツ語版抜粋 独EMI
(シューヒターのいかにもドイツです、というきっちりとしたものだが、やはりプッチーニのもつ叙情性は消えていない。歌手は凄いの一言。)

@レハン指揮ミュンヒェン国立オペラ アダン: 『ロンジューの郵便屋』ドイツ語抜粋 独EMI
(EMIはこういうマイナーなオペラのドイツ語抜粋をかなり録音してくれたのでありがたい。それほど録音時間が無いのが残念だが、第一曲目の有名なアリア をゲッダの歌唱で聴けるのがなによりも幸い。)

@シュタイン指揮バイエルン放送響 キーンツ ル:『エヴァンゲリマン』抜粋 独DG
(キーンツル唯一の有名曲。ブルックナーの作風をオペラ化したかのようなもの。曲が曲だけに抹香臭さ横溢。)

@ギアスター指揮バンベルク響 ロルツィング: 『皇帝と大工』抜粋 独DG
(AMSI仕様のeloquenceシリーズのひとつ。音の明晰さがなによりもよい。歌手も良い。特にWunderlich。)

son.05.Jun.  今日も寒い。今はセーターを室内で着て いる。既に、室内暖房は「切られている」季節なので蛇口を回してもお湯が流れない状態。一体どうにかしろ!

 昨日から読み続けていた本はあっという間に読破。内容は難しいながらも、語り口が分かりやすいのでぐいぐい読み進めた。当時のそして現代までの問題の比 較、日本と先進国、日本とアジアの関係、いかに進取の理念をもち、限られた知識のなかからでも、鋭い洞察力をもった明治の国家形成に携わった人々の思想と 哲学がよく分かる。

 田中彰著 岩倉使節団 『米欧回覧実記』 岩波書店



[本日聞いた音 楽]
今日は意図的ではないにせよ、最近80歳になったフィッシャー=ディースカウの録音ばかり聞いたことになる。役はどれも彼の当たり役である。

@コンヴィチュニー指揮シュターツカペレ・ベルリーン ヴァーグナー:『タンホイザー』 EMI

Wagner: Tannh舫ser (Gesamtaufnahme) (Aufnahme Berlin 17.-21.10.1960)
(我等がFDは男惚れするヴォルムラム。彼はライブでもこの役をやっている。以前はコンヴィチュニーの解釈は「ゲルマン」ぽいものだと勘違いしていたが、 意外と透明感というか、抑圧感のないものであり、かつスケールの大きいものだと改めて確認した。勿論スタジオ録音だから、それほど「熱い」演奏ではない。

@レーヴライン指揮ベルリン放送響 モーツァル ト:『ドン・ジョヴァンニ』ドイツ語版抜粋 独DG
(FDは同名役を歌っている。フリッチャイでもイタリア語でスタジオ録音しているし、同じ指揮者で映像でも歌っている。FDだから余り助平っぽくなく、頭 でこしらえた理知的な、一種FDワールドとでもいうべき「異なった」ドン・ジョヴァンニ解釈だと思う。)

@パターネ指揮ベルリン放送響 ヴェルディ: 『ドン・カルロ』ドイツ語版抜粋 独EMI
(これは、演奏とも録音とも駄目。熱血漢パターネはやる気がなく、音も変なもので、安定感がない。FDは勿論彼の名前を有名にしたポーザを歌っている。)

@ベーム指揮ベルリン放送響 ヘンデル:『ユリ ウス・シーザー』イタリア語抜粋 独DG
(ベームがこういうばりばりバロックオペラをやると、まるで大理石か、宝石の原石のような凝縮した演奏をやる。)

@ポンマー指揮 バッハ:カンタータ集 独 Capriccio
mon.06.Jun.  寒い、寒すぎ。まるで毎日が親父ギャグ だ。どうにかしてくれ。


[本日聞いた音 楽]
@シュティードリー指揮MET ヴァーグナー: 『ラインの黄金』 独Gebhardt

(それほど面白いとは思わないし、音質的にはやや問題があるが、百花繚乱の歌手には参る。)
他には例によってドイツ語版のオペラ抜粋もの。BerlinClassicsで。
die.07.Jun.  えぇ、本日も寒いです。季節は益々夏に 向かっているのに、段々気温が低下するのは一体なんなんだろう。

 結局あっという間に以下の本を読んでしまったが、小説もので、しかもクオリティーが低く、正直言って洗練も、学術的に冴えていない文章である。

 
★羽生道英著 『伊藤博文  近代国家を創り上げた宰相』 PHP文庫



[本日聞いた音 楽]
@シュティードリー指揮MET ヴァーグナー: 『ヴァルキューレ』第一幕 独Gebhardt

@パターネ指揮シュターツカペレ・ドレースデン  ヴェルディ:『運命の力』ドイツ語抜粋 独B.C.
Verdi: Die Macht des Schicksals (Querschnitt) [deutsch]
(迫力満点の、豪快で爽快なパターネの解釈。相変わらず「伝統的な」ドレースデンが荒れ狂っている。)

@サリエーリ:序曲集 独Naxos
(オケも、録音も酷いが、なにせ、音楽史に重要な足跡を残した哀れアントニーオの偉大なる業績が聞こえる。)

@アンセルメ指揮スイス・ロマンド管 ドビュッ シー:『海』他管弦楽曲集 Decca
(当時はかなり有力な解釈だったようだが、今日的にはブーレーズを知ってしまった私の耳にそれほどの感動を与えられないのが事実。管弦楽も録音も弱く、細 部の詰めの甘さ、構築感のなさ、下手なムードなど。でも、これはこれでいいのかもしれない。)

@Grodd指揮ニュー・ジーランド響 フンメ ル:『ミサ』、『レクイエム』 Naxos
(ハイドン好きにはたまらない一曲。ただし、CDとしての貴重価値はあるものの、そのクオリティーはいたって宜しくない。相変わらずのややいい加減な Naxosの商魂の悪例である。)
fre.10.Jun.  ほんのり寒さが和らいだか。外套を着る 機会が徐々になくなりつつあるのは、至極当然のことであるが、本年に限りそれが該当しない。


[本日聞いた音 楽]
@プレヴィターリ指揮 スポンティーニ:『ヴェ スタの巫女』 イタリア語版全曲 伊Fonit
Spontini: La Vestale (Gesamtaufnahme) (ital.) (Aufnahme 1951)
(以前聞いたAgnes von Hohenstaufenがやたらめったに初期Wagnerチックで非常に宜しかったので、再度彼の代表作であり、またカラスのお蔭でようやく20世紀に 白日の下に曝された曲である。初演はパリのオペラ座で、その後数種のイタリア語版が出たが、いま通常のイタリア語版はこの盤でも演奏されているもの。残念 ながら彼の初期のものだから、後期の、すなわち後の世代への架け橋となるエレメントは少ないものの、彼の前代、ベッリーニの類似性を感じることが出来 る。)

@チェリビダッケ指揮ミュンヒェン・フィル ブ ルックナー:交響曲第五番 EMI

(彼のブルックナーボックスの中でも白眉のもの。正直言って彼の解釈には「際物」、とか「爆演」とかジャーナリズムは好んで使用する言葉が当てはめられる ことがあるが、実は正規盤などがでるようになってその化けの皮がはがれた感が私にはした。「普通の」意味で彼はとても良い指揮者だと思う。偏見や外野の発 する表面的な言葉に惑わさなければ、彼への真の意味は脱ぎ去られないであろう。そう云う意味では、彼は一種の被害者で、改めて彼が「レコード不要論」と とったのが皮肉にももろに出てしまった。そう云う意味では、再度「脱構築」=>「再構築」しなければならないはずだ。

 残念ながら私は彼の「録音」はイタリアでの彼の意図しない所の演奏ばかり聞いていたり、ミュンヒェンでの録音はブルックナー意外は殆ど知らない。〜『英 雄』、『新世界』は海賊盤でもっていた。モーツァルトの『レクイエム』もあったが、評価に値しないほどの劣悪な海賊盤。

 だから私はそれほど彼に対し、愛着、熱狂、尊敬などしていないし、全うな評価をするのにもためらいがある。が、それでも、この曲に対する、「新しい」面 白さ、一種の「再構築」の成果をよく現出しているとは思う。構成として新たなる感覚を覚えたからだ。それをたんにテンポの遅さ〜より良い表現では、「一般 的な」ものより遅い、とする〜ではなく、その見通しの良さ、研究の痕跡をいつでも感じられるとしたい。

 勿論全体的に遅いが、「意外にも」第一楽章の開始は、同オケを振ったケンペのそれよりも普通で、標準的といったところか。ケンペにあった重苦しさとミス テリオーゾはなく、単なる弦の下降音程しかそこにはない。第二楽章は際立って遅いが、遅さゆえのロマンティシズムは感じられない。あくまでも音と音の絡み 合いを平たくしたものである。第四楽章のコーダは大抵どの演奏でもカタルシスを感じるわけだが、この場合「快感」半分、「五月蠅さ」+「厭らしさ」半分を 感じて、圧倒されるほどではない。)

mon.13.Jun.  ようやく、「春になった」感じである。 しかしながら、というか、当然というべきか、夜は寒いのだ。

 最近はチェリビダッケのをきいているせいか、再度ブルックナー・ブームである。勿論、ブルックナーを聞く、というよりかチェリビダッケの音楽を聴く、の ほうが的を射ているのだが、やはりブルックナーは偉大だ。どう、偉大と云うかは、人により異なるものだが、私の場合は彼の音楽を聴いていると「壮大で、荘 厳な神」を仰ぎ見ているような気がする。こういった一種のスケールの大きさは、試しにカトリックの教会、またこれらが産出したこれまでの芸術作品を見れば 直ぐに分かり、ブルックナーのそれは、19世紀において、その音楽における総決算といえるかもしれない。


[本日聞いた音 楽]
@シュティードリー指揮MET ヴァーグナー: 『ヴァルキューレ』第二幕、第三幕 独Gebhardt

(これ、一応は2004年に「新規リマスター」しましたよ、と謳っているものの、AMラジオ並みの音質でそのデティールが良く分からないし、演奏の方も他 のものよりも際立っているわけではない。歌手は一流なのだが。)

@チェリビダッケ指揮ミュンヒェン・フィル ブ ルックナー:交響曲第八番 EMI

他。
die.14.Jun.  始まっちゃいました。とうとう、という か再び、ブルックナー・アレルギー。といっても、拒否的なものではなく、聞かないと、なくてはならないもの、というような現象。

 昨日でチェリビダッケのBOX選集は終わったので、スクロヴァチェフスキーのものを久しぶりに〜なんと二年以上ぶり!〜という罰当たりなものだが、取り 出す。私の中では最も優れた全集としての解釈の一つだと思う。やや神経質ながら、表情は所々ロマンティックで、ヨッフムのそれと似ている。それプラス、透 明感、構築感があり、なんともいえない不思議な解釈だと思う。ヴァントと似ているが、彼はそれほどロマンティックではない。
 本日は今のところ、00番と0番、1番(リンツ稿)をノーヴァクのスコアを見ながら聞く。やはり、彼の演奏はスコア見ると本当に面白い。あたかも、作品 が今創造されたかのようだし、いままで聞こえなかった箇所も頻繁に聞ける。


[本日聞いた音 楽]
@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケ ン放送響 ブルックナー:交響曲00番、序曲 独ArteNova


@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケン放送響 ブルックナー:交 響曲0番他 独ArteNova

(このCDでのとりわけ面白いのは、名曲である〜ブルックナーは交響曲だけではありません!〜彼の弦楽五重奏曲の中からAdagioの弦楽合奏版を指揮者 自身が編曲しているもの。最近、Sonyででているブルックナーの室内楽を聴いて、改めて彼の室内楽の素晴らしさ発見したので、このCDにも再度面白さを 増幅させてくれた。)

@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケン放送響 ブルックナー:交 響曲1番 独ArteNova

(なんと、スコアは日本で、神保町の古賀書店で購入したもの。1995-3-1だから、大学へ入る前。あの頃は部屋探しに 忙しかったな。あの当時は1番はまだ、Jochumのものしか所持していなかったはず。あぁ、もう、10年たつんだな。時の流れは速い。しみじみ。10年 前は今ここにベルリンに生息しているなんて思わなかったはずだ。ドイツ語も喋れなかったし。今でも音楽関係の中古屋で有名な古賀書店は健在なのでしょう か?確か、狭い書店の中で奇しくも偶然見つけたものなのです。10年一昔。思わず懐旧の念の浸ってしまいました。)

mit.15.Jun.  たまたま見た夜のニュースで、ジュリー ニが死去したのを見る。結局彼の演奏は生前生で一度も聴いたことがないことになる。私が始めてベルリンに来た、1998年の2月にここのシュターツカペレ を振る予定だったが、(曲目はブルックナーのTe deumと交響曲第九番)、キャンセルになって非常に残念な思いであった。代役!はザンデルリンクでマーラーの歌曲と、ブルックナーの交響曲第三番。 あぁ、なんという代役!

 彼の演奏はそれほど聴いたことが無いし、偉そうなことはいえないのだが、一言で言うと、イタリアのカンタービレに溢れながらも、構築をしっかりして、し かしながら、窮屈さ・悪い意味でのアカデミックなところがないことだ。テンポはかなり遅めで、それが故に歌わせる箇所がふんだんに聞こえた。彼の本領はや はりオペラにあり、EMIの商業録音である『ドン・カルロ』、放送録音である『二人のフォスカリ』、最近買ったライブのウェーバー:『オイリアンテ』、ブ ラームスの『ドイツレクイエム』くらいなものだろう。だから、シンフォニックな作品は聞いたことが無いし、それがどうでるかわからないのであるが、推測と して、上記にも書いたとおり、歌わせ方の巧い、エレガントでジェントルなものだと思う。(追記:そいうえば、日本にDGのブルックナー:交響曲第七番が あったが、それほど感銘を受けなかった。)

 ご冥福をお祈りします。(後記:写真が消えてなくなってしまった。Link切れか?)


[本日聞いた音 楽]
@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケ ン放送響 ブルックナー:交響曲2番 独ArteNova

(これ、ようわからん版。一応、ノーヴァクの準拠しているようだけれども、ハースでは施されるVi-Deが行われている し、第二楽章のコーダ部でのソロはクラリネットではなく、ハース版でのホルン。スコアを見ながら???状態だった。要するに、ハースとノーヴァクを基にし て演奏する際に指揮者が良いとこどりをしたのかもしれない。この良いとこどりをした演奏は今のところ他には無いようだ。)

son.19.Jun.  やれやれ、既に日曜日の夜。もう直ぐ、 月曜日。あぁ、憂鬱。

 今日、ドイツ人と話したのだが、やはり、ドイツ人と会話すると、どうも不愉快で退屈になる。日本人はことに、ドイツ人を高く評価しているようだが、こう いった誤った情報や尊敬がどれほど、この猿どもに利用、悪用されているのか、考えたことはないのであろうか?ドイツ人とは確かに、或る程度は知り合いにな れるが、尊敬する隣人や腹を割って話せる親友にはなれない。これは、一般的なことで、私個人の経験ではないであろう。
 最近、こちらに住んでいるフランスびいきの日本人と会話したのだが、ドイツ人は世界の中心で他の民族、他の文化を馬鹿にする、といった傾向があるし、非 常に高慢で悪い意味で自己中心的である、といったようなことを。これは今非常に分かる。勿論、フランス人だってそのようなところがあるのだが、日本人も或 る程度はそういったところがあるのは確かだが、他人から指摘されるとそれほど良い感じを持たないのは事実。


[本日聞いた音 楽]
@ベーム指揮バイロイト祝祭管 ヴァーグナー: 『トリスタンとイゾルデ』全曲 DG

(またも、このジャケット。)
(最高傑作を最高の面子、最高の音、最高の緊張感、最高の雰囲気で味わえる。ベームのWagner解釈には異論など多々あるようだが、これは最高であ る。って「最高」ばかり使っているのは、言葉の悪しき習慣だな。)
mon.20.Jun.  暑いっす。ようやく「来た〜」夏です。 今日は早速、今年初の日光浴を散歩の途中で四半刻ほどしました。なにせ、色白は不健康で嫌いなので。少々「人間」らしい血の通ったところを表面的にでも、 見せないといけないので。それにしても、太陽光線を浴びると非常に疲れる。(勿論、昨今の医学上の研究では、太陽光線の浴びすぎは肌や眼などにダメージを 与えることを知って入るが、まぁ、私どもは白人ではないので、適度には宜しいでしょうね。)

 本日ようやく、地下鉄内で以下の本を読破。要は台詞本なのだが、所謂「Regieanweisung演出上の指示、ト書き」が面白い。裏表紙には以前 Tagebuchの項で書いたと思うが、初演指揮者のリストの有名な言葉が書かれてある。
 "Mit Lohengrin nimmt die alte Opernwelt ein Ende, der Geist schwebt über den Wassern, und es wird Licht."
 なんとこの台詞本、DM時代に買ったものなのだが、3,00DMだった。残念ながら、Amazonでも、出版社のReclamでもカバー写真がなかった のは残念。


[本日聞いた音 楽]
@イッセルシュテット指揮NDR響 ヴァーグ ナー:『トリスタンとイゾルデ』第一幕 独Cantus

(「第二部」のCDだが、一応ジャケット。)
(最高傑作は続きまして、今度はNDRとのスタジオ・ライブ録音。が、正直言ってうんともすんとも面白くない。これはイッセルシュテットの悪い面が出て、 ただ単に演奏会で音を出しました、というもの。尚、ArchipelやMytoでも出ていた。CantusはどちらかからのCDの焼き直しであろう。)

@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケ ン放送響 ブルックナー:交響曲3番 独ArteNova

(色々と問題のある第三番。だが、これは「純粋に」一番よく演奏される、最後の版、1888/89年版。でノーヴァク。演奏はやや軽量で腰が低く、粘りが 無い。それでも、面白いことは面白いのだが。)

die.21.Jun.  本日はそれほど、良い天気ではなく〜曇 りがかっていて、直射日光が当たらない。だから、それほど日光浴をしていても、疲れないのだが、やや残念である。
 公園での日光浴はLohengrinが終わったから今はまっている、Tristanの台詞本を少し読む。


[本日聞いた音 楽]
@イッセルシュテット指揮NDR響 ヴァーグ ナー:『トリスタンとイゾルデ』第ニ幕 独Cantus

(状況は第二幕になっても変わらず、面白みが無い。ただ、歌手のローレンツとバウマンの有名な愛の二重唱がやはり緊迫感があってよい。ローレンツは戦中ま での歌手だと思っていたが、なかなかどうして、やるもんだ。)

@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケ ン放送響 ブルックナー:交響曲4番 独ArteNova

(ふ〜む。どうも、評価に苦しみ演奏だなぁ。以前ほど感銘をうけないのは事実なのは確かで、細身でありながらも、テンポが遅く、そして、非ドイツ的で、ど ちらかといえば、構築よりも、ドラマティックな箇所を前面にうちだしたものだと思う。それでありながら、指揮者の常として、勿論構築をかなり重要視してい る。うむ、困ったもんだ。

don.23.Jun.  本日も公園で日光浴。非常に良い天気 で、暑い。が、四半刻で切り上げてしまう。太陽が自分の所に届かないのと、周りの連中が五月蠅いのと。餓鬼と酔っ払いが一緒に遊んでおった。どういう神経 しているんだか?

 昨日は、確か昨日だったと思うが、来年のMozartイヤーを記念して、Wienではというものがあるのが分かり、早速ここで紹介しておこう。


[本日聞いた音 楽]
@イッセルシュテット指揮NDR響 ヴァーグ ナー:『トリスタンとイゾルデ』第三幕 独Cantus

(このCDの第三幕の聞き所はやはりマックス・ローレンツの少々酔っ払った感じの歌唱であろう。正確さはないものの、茫洋とした、一種バスのホッターの感 じだ。指揮は一向に煽る感がなく、伴奏に徹してなんで、こんなにつまらないのか、と驚くほど冷静である。曲が曲だけにもっと思いのためを出してもよかろう に。熱さも無いし、うねりも無いし、深遠さも無いし、まどろみも無し。こんな演奏じゃ、トリスタンさん、イゾルデさんなど各位、死んでも死に切れないので しょうか?)

@ヴァイル指揮Tafelmusik ハイドン:ミサ曲『ネルソン・ミサ』  Sony Classic

(私の大好きなハイドン、その中でもとりわけ素晴らしい後期のミサ曲の中の一つで、唯一の短調のミサがこの通称『ネルソン・ミサ』として聞かれているも の。全てがまさに、音を造詣化したもので、まさしく音楽そのもの。ヴァイルのハイドンはシンフォニーでも、一連のミサ曲の録音でも、いつでもその慧眼さに 感銘を受けるが、一種個を殺しているかもしれない。アーノンクールのはいつでも曲を聴く、というよりもアーノンクールを聞く、といった感じで、それはそれ で素晴らしいし、私は大好きだ。曲の持つ魅力そのものを過不足なく描出しているのはやはり、この演奏だと思う。歌手もまさに素晴らしく、特にソプラノの Monoyiosは云うこと無し。)

sam.25.Jun.  恐ろしく蒸し暑い。まるで、日本だ。梅 雨が欧州大陸に上陸したのか?日本みたいに除湿システムがないし、勿論クーラーなんて少ないからあるいみ、日本よりきつい。しかも、電車のなかとか、臭い し、不愉快極まりない。

 例によって、トリスタン・モード全開。昨日はE.クライバーのミュンヒェン・ライブを一気に全曲聞いてし まう。クライバーは特に戦後の演奏はそれほど良いとは思わないが、いくつかのライブは知と情が巧い具合に融合していて、この演奏だとモノーラルのライブ で、よくぞここまで知的でクリアーに演奏したかと驚愕してしまった。また、クナのようなうねりはないものの、一種、「熱いモーツァルト」のような解釈で、 なかなか面白かった。右翼の演奏ではないものの、客演でよくここまで自分の意図を表現したか、感銘した。


[本日聞いた音 楽]
@コンヴィチュニー指揮GOL ヴァーグナー: 『トリスタンとイゾルデ』 独Archipel
Wagner: Tristan und Isolde (The Legendary Recording) [UK-Import]
(放送音源からのもので、24Bitリマスターしたもので、かなりクリアーに録れていると思う。奥行き、左右の拡がりなかなかである。一幕ごとに一日、放 送音源として公開録音したものなのであろうか?聴衆ノイズは聞こえず、オケと歌手のバランスが適度である。そして何よりも、後年のスタジオ録音では見られ ない、思いのための熱さである。)

mon.27.Jun.  「青い月曜日」ですね。暑いですが、な んとか生きていますわい。
 太陽に眼が少しやられ、立眩みがしたが、暫くした後で回復。格好付けではなく、この時期サングラスは必携ですな。

 昨日もWagnerの嵐。ツィーリヒ指揮フランクフルト放送響(ヘッセン放送響と表記してあるが)のRienzi及び、ラインの黄金。流石に、一日のう ちに二つWagnerはきつい。音楽的に、まぁ、体力的にとでも云おうか、は問題ないのだが、音楽上の成熟さの違いにやや困惑したが、どうも、ラインの黄 金は余り好きになれないので、それが爲のことかもしれないが、恐らくそれが事実であろう。

 本日もその続きで、彼の『ヴァルキューレ』第一幕を聞いたのだが、途中でうとうとしまい、前奏曲がいきなり、次にきたのが、有名なアリア?の Winterstuerme...であった。ので、顔を洗いしゃきっとして、買い物をして、日光浴をして、散歩をして、食事をしてから、その後に聞いた。 前置きが長い。



 ご存知、盟友のKechikechi林さんの | | で話題になっている、GOL時代のノイマンのことである。私は以下のコメントを書いた。

「GOLはやはり、ノイマンまでです ね。CCCはマズアなんかの「記念ボックス」なんか出す前に、ノイマンのを出せばよいのに。ちょっとインパクトが弱いかな。
BOXでそのうち出ると思いますが(希望的観測)、ノイマン、GOLはマーラー5+6+7、ブルックナー1番、スメタナ、ドヴォルジャーク、ベートーヴェ ン序曲、『オルフェオとエウリディーチェ』、ハイドンの協奏交響曲などを録音していますね。ストラヴィンスキーもあったかな。

ザンデルリンクもGOLをよく捌いていますね。コンヴィチュニーのベートーヴェン、ピアノ協奏曲は「愛鳥」盤です。」

追加:マーラー交響曲第九番、KuhseとのWagner、R.Strauss、Reger、Bergの管弦楽歌曲集もありました。

 だから、CCCは早くノイマンのBOXを出しなさい。分かりましたか?『オルフェオ』はダブっちゃうけれども。


[本日聞いた音 楽]
@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケ ン放送響 ブルックナー:交響曲5番 独ArteNoval

(残念ながら、スコアを見ながら聞く時間がなかったのだが、これはMr.Sの両面ばかり出たもので、更に今年初冬に買ったPhilipsのCD- Playerと相性が良いようで、細部まできめ細かく音を出している。ナイスである。)

@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケ ン放送響 ブルックナー:交響曲6番 独ArteNoval


(上左:1CDのもの、上右:OEHMSのおの、下左:ARTENOVAの旧盤ジャケットより。)
(Wandのケルン、ハンブルク、Jochumのバイエルンに匹敵する名盤なり。)


die.28.Jun.  暑い。今日も本を読みながら、内に外に 日向ぼっこ。


[本日聞いた音 楽]
@ツィーリヒ指揮ヘッセン放送響 ヴァーグナー:『ヴァルキューレ』第二幕  独Cantus

(本日も良いWagner日和で。)

@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケ ン放送響 ブルックナー:交響曲7番 独ArteNova
l

(これは初期の録音のせいか、オケの弱さが特に管楽器に見られる。その差が際立っているので、やはり全体としてBOXの評価がやや落ちてしまうが、他のど のBOXの全集もそうか。指揮者の表現力がややオケの技量を超えてしまったものであろう。この録音はライブで、しかも、全集の中で最初の録音だそうな。)

don.30.Jun.  今日は少しばかり涼しかった。過ごし易 いと云えばそうかもしれないが。でも、昼間は少々汗ばんだ。ふむ、明日は七月だ。


[本日聞いた音 楽]
@クレンペラー指揮バイエルン放送響 ベートーヴェン:交響曲第四番、第五 番 EMI

(最初の音から最後の音まで、まさにクレンペラー節。Editはしているものの、一回こっきりのライブ録音でよくぞここま で表現できたか、驚愕するのみである。緊迫感と、スケールの大きさ、たおやかさと叙情性、のびやかさと真摯さ。曲の持つオリジナリティーをフォーマット し、それでいて芸術家のもつ個性と高度に同化、している。今日的な意味合いでは、極めて個性的でありながら、感動と親近感と説得力に溢れているものであ る。問題の第四楽章のリピートは一体どうなっているのであろうか?)

@スクロヴァチェフスキー指揮ザールブリュッケ ン放送響 ブルックナー:交響曲9番 独ArteNova
l

(緊張感と、怒涛の圧倒感で、どちらかといえば、「普通の」ブルックナーではないと思うが、曲自体のもつ抹香くささを金管が特に、よく、十二分に具現化し ている。ブルックナー9番のまさに9番たる所以はまさにそこにある。音楽家なり、芸術家が最後に到達した域であろう、一つの形態がその象徴であり、極めて 完成された頂点なのであろう。指揮者もオケも曲のもつ存在儀を遺憾なく具象している。と同時にこのコンビの最高傑作のひとつでもあろう。)


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