"Und morgen wird die Sonne wieder scheinen..."

[Diary; Tagebuch; 日記]


「そし て、明日も又太陽は昇るでしょう・・・」という歌曲の一節からとった
この項は小生 が日頃何を聴き、何を考えているかを記す場所です。

[Univ. Prof. Anton Bruckner]

[A.D. 2005 / Heisei 17]

April / Aprile

[Last modification: 30.Apr.2005]


fre.01.apr.   四月馬鹿の日。
 昨日、桜の開花宣言がでたようだし、買い物に行く時に、ほんのりと白い枝からでた蕾をみた。
 ようやく暖かくなったというべきか。春よ来い!

[本日聞いた音楽]
@ロジェストヴェンスキー指揮モスクワRTV響 ブルックナー:交 響曲第三番。(原典版?)
露?ICONE

(BrucknerのDisで調べると、昨日聞いたSanderling版と同じ、Raettig版とのことだ。それにし ても、
この三番というやるの版の問題には毎度頭を悩ませてくれる。因みに、この演奏、それほどべと
べと露西亜風ではないが、金管の咆哮というか、「砲口」には余り好きにはなれない。この録音
は所謂、全ての版を録音した全集の前のもので、単独による録音のものだ。少々お下品だが、
意外と楽しめました。)

@ボンガルツ指揮GOL ブルックナー:交響曲第六番 独 BerlinClassics

(ボンガルツ教授暴れる!かなり、大暴れしたブルックナー。正直、最初に聞いた時には、この
ような暴力的ともいえる解釈には辟易したが〜当時のブルックナー解釈はレーグナーが基本
〜今聞いてみると、面白さでは随一か?金管がやはりへろっているが、一種マーラー的ともいえ
るこういったものも、アクセプトできるような歳になったか?最後は結構ミゼラブルというか、発狂
しているかもしれない。ここだけ私的にはアウチ!)

@ヴァン・ベイヌム指揮ACO ブルックナー:交響曲第七番ノー ヴァク版 西独Decca
(1988年製作のCDで、ACOの100周年記念の特別CDだったようだ。演奏は、かなり、しっとりとして
いながらも、一音一音大事にするもので、深みが感じられる。1953年だからモノーラル後期だが
リマスターなどがされていないために、結構金管のTuttiで聴きにくい。購入当時は惟が嫌いだっ
た。第二楽章の例のシンバルクラッシュまでもっていくまでのドラマの構成がなかなかである。
ただ、金管がやはり落ちるか?金管のへぼさは、第三楽章のトランペットでも顕著。ま、それで
も弦のふくよかさはやはりACOならではのもの。)

@クナッパーツブッシュ指揮ミュンヒェン・フィル ブルックナー: 交響曲第八番
米Westminster

[2001年にでたリマスター版のジャケット]
(ご存知天下知ったる名盤。迷盤?それほど感銘うけないんですけれども。どうしてくれますかね
評論家諸氏殿。ま、感動の仕方は人それぞれ。一元化、普遍化できませんわな。
それに、カバスタ・ケンペ以外のミュンヒェン・フィルのブルックナーの演奏は、オケはへぼへぼ
でたまらないんです。
どうにかしてください。ま、もっとも当録音も素晴らしい!リマスターで聞けば印象が異なるかもし
れない。)

@ミュンシュ指揮パリ管 ラヴェル:管弦楽曲集 日EMI
(これも名盤とのもの。その実素晴らしい音響!パリ管が吼えているし、それだけではなく、明晰
そのもの。EMIの低音のラフなところは勿論だが、日本盤ながら適度な分離、楽器の息遣いが
適時聞こえて嬉しいことこの上ない。ART処理された最近のものは更によくなっているのであろう
か?)

@マルケヴィッチ?指揮フランス国立管? ラヴェル:管弦楽曲集  英Pickwick
(こ れ、実は全て?マルティノン指揮パリ管のものらしく、マルケヴィッチ指揮フランス国立管では
ないらしい。自称録音年は1980年の3~4月。)
尚、このレーヴェルからでていこのシリーズ、出たと思ったら直ぐに回収されたが、なかなか興味
深いCDを変名で?出していた。以下に書いてみると。

*マルケヴィッチ指揮Berlin Radio Orchestra ベートーヴェン:交響曲第三番、フィデリオ、
エグモント序曲
*マルケヴィッチ指揮Berlin Symphony Orchestra ベートーヴェン:交響曲第五番、第八番、
プロメテウスの創造物序曲
*グローブス指揮フランス国立管 ドヴォルジャーク:交響曲第九番、スラブ舞曲集
*フリーマン指揮アメリカ響 ブラームス:交響曲第三番、シューベルト:『未完成』他
*フリーマン指揮アメリカ響 サン・サーンス:『動物の謝肉祭』他
*ヨッフム指揮Berlin Radio Symphony Orchestra モーツァルト:交響曲第35、38、40番
(表紙にはRecorded live in Schauspielhaus, Berlinとかいてある〜なんとまぁご丁寧なことよ。)
*マルケヴィッチ指揮フランス国立管 R.-コルサコフ:『シェヘラザード』他
*ヨッフム指揮Berlin Radio Orchestra R.シュトラウス:『ツァラトゥストラ』、『ドン・ファン』、『ティル』
*マルケヴィッチ指揮フランス国立管 グリーグ:『ペール・ギュント』、『ホルベルク』組曲他
*マルケヴィッチ指揮フランス国立管 ビゼー:『カルメン』及び『アルルの女』組曲
*ヨッフム指揮Berlin Symphony Orchestra ハイドン:交響曲第94、99、104番
*コンドラシン指揮フランス国立管 チャイコフスキー:三大バレエ組曲
*ヨッフム指揮Berlin Radio Orchestra シューベルト:交響曲第九番他

とまぁ、本来ならば、かなりおいしい中身の演奏家ばかりなのだが、その信憑性は殆ど無い。
特に、マルケヴィッチとフランス国立管が好きなようでやたらあったり、Berlin Radio Orchestraと
Berlin Symphony Orchestra、Berlin Radio Symphony Orchestraといった具合に違いが全く持って分か
らないようになっている。残念ながら?マルケヴィッチのベートーヴェン二つ、コンドラシンと当
盤しか所持していない為に、真偽のほどは皆目見当がつかないが、マニア心をくすぐる内容
となっているのは確か。また、録音年も一応書いてはあるが、それとても信頼すべきものでは
ない。尚、マルケヴィッチ及びコンドラシンのディスコグラフィーにはそれぞれ掲載されていなか
ったり、該当するかどうか分からない旨書いてあった。本当の指揮者は誰なの?教えて!
まさに、AprilfoolにふさわしいCDでありました。

@カラヤン指揮BPO ハイドン:交響曲第94番 日DG Boxより。

sam.02.apr.  本日横濱へまでいったら途中で早速、お 花見モード。しょうしょううざいが。

昨日は先日購入した本を一気に読破。なかなかウィットのある文章で、興味深かった。
半沢・メロジー・タカコ著 『天使と悪魔のイタリア』 中公文庫


本日も横濱へ出たついでに五冊ほど購入。
*半沢・メロジー・タカコ著 『アモーレの国 イタリア』 中公文庫
*陣内秀信著 『南イタリアへ! 地中海都市と文化の旅』 講談社現代新書
*中野雄著 『丸山眞男 音楽の対話』 文藝春秋
*瀧井敬子著 『漱石が聴いたベートーヴェン 音楽に魅せられた文豪たち』 中公新書
*田中彰著 『岩倉使節団 『米欧回覧実記』』 岩波書店岩波現代文庫
以上

[本日聞いた音楽]
@ヘーガー指揮バイエルン国立オペラ ヴァーグナー:『タンホイ ザー』全曲 独Pilz
(本朝目が覚めたら、第三幕のタンホイザーのアリアが頭に鳴っていた。早速昼過ぎまで途中まで聞く。歌手は癖のある同名役 のAugust Seider、高音が厳しい、聴いていてこちらまで苦しくなるVenus役のMargarete Bäumer、声が既にサカリを過ぎたElisabeth役のMarianne Schech。Hegerの指揮も戦中のライブほど熱くなっていない。ただ、歌手に合わせた、まとめただけであって面白みにかける。残念。)

@ヴァント指揮NDR響 ブラームス:交響曲第一番、第三番(第一 回目全集録音) 独RCA
@同交響曲第二番、第四番

(第二番が素晴らしい名演。Wand特有の拡がりよりも、凝縮した、かつ透明でドライな非ロマンティックなブラームスをき かせてくれる。ただ、他の交響曲ではこれが成功しているとは思えない。ま、所詮は好みの問題なのだが。)
son.03.apr.  非常に暖かい日。日向ぼっこでもしたい 気分だ。ようやく春開始、といったところか?
 昨日購入した
半沢・メロジー・タカコ著 『アモーレの国 イタリア』 中公文庫 を読破。なに せ、軽いからね。


その他に熊谷徹著 『住まなきゃわからないドイツ』新潮文庫もさらっと読む。ドイツ好き、ドイツファンには是非よんでもらいたい本。

[本日聞いた音楽]
@ケンペ指揮バイエルン国立オペラ ヴァーグナー:『ローエングリ ン』全曲 独Pilz
(Kempe初回の録音。かなり前のCDだから、リマスターなど期待出来ない。Pilzのは相変わらずレンジが狭くて、高 音及び低音の響きが荒い。オケはへろくはないものの、巧いとも思わない。ただ、左右の分離はかなり巧く出来ているとは思う。尚、ケンペはVPOとの第二回 目の商業録音の他に、バイロイトとの実況もあるようだ。ケンペの指揮も後年よりも、もっと丁寧で、テンポも遅い。なんと、第一幕への前奏曲が11:33な のである。うねりのある濃いものではなく、所謂モダーンな解釈とでも云おうか?)

@セル指揮クリーヴランド管 ブラームス:交響曲第一番他 米 Sony Classical
(全集Boxのジャケット)、

(左は所有のアメリカ盤、右は同じだかカラータッチが若干違う。)

(「セルのブラームスは実に堂々たるものだが、単調に陥りやすい・・・」敬愛する吉田秀和氏による批評である。これを最初に聞いたときになるほど、そう いったメカニックでイン・テンポであるがゆえに起こる評価であるとも思ったし、昨日聞いたWandの演奏もそういった傾向がある。しかし、セルのブラーム ス解釈とヴァントのそれとはベクトル面で同方向であるのには違いないが、やはり時代の違いであろうか、やはり違ったように聞こえる。それは何か?セルのは ロマン性を否定した、アンチ・ロマンであるが、ヴァントのはもともとロマンという概念が無いもの演奏に思えた。アンチ・ロマンと非ロマンとは違う良い例が これらかもしれない。共に厳格だが、ブラームスに対する音楽観と共感度は異なるものなのだ。シンフォニーは正直言ってそれほど面白いものではなかったが、 ハイドン変奏曲はセルの面目躍如たるもの。)

@メンゲルベルク指揮ACO 管弦楽曲集(ベルリオーズ、R.シュ トラウス、モーツァルト、バッハ) 日Disques Refrain(海賊盤)
(セルのブラームスを引き続ききこうとおもったが、芸がないので、違ったキャラクターのCDを。ベルリオーズは『ファウストの劫罰』より三曲、R.シュト ラウスは『死と変容』、モーツァルトは『Eine kleine Nachtmusik』、バッハは『アリア』、二台の為のヴァイオリン協奏曲。どれもどれも濃い、濃〜い〜、演奏。ま、いつものメンゲルベルク節と考えて ください。『死と変容』を聴いて思った。そう、これが私の標準。最初に聞いた同曲がこれだったために?メンゲルベルクの演奏がいつも頭に入っていた。久し ぶりに聞いた時、一字一句とはいわないまでも、「これこれ」と思ったものだった。)

@メンゲルベルク指揮ACO シューベルト:交響曲第八番、第九番
 日Disques Refrain(海賊盤)
@セル指揮クリーヴランド管 ハイドン:交響曲第93、95、97 番 米Sony
mon.04.apr.  寒い。本当に四月なのであろうか?外出する気も失せる。

 今日も一冊読破。
 岩城宏之著 『指揮のおけいこ』 文春文庫
(指揮者で、初演魔でもある本朝の彼はエッセイストとしても、なかなかウィットのある軽みのある文章で好評を博していると思う。シニカルであると同時に熱 いものも感じた。彼は、バイロイトのオーケストラピットでクナッパーツブッシュの『パルジファル』をヴァイオリン奏者の間で何度もきいたそうな。和田誠の イラストも感じが良い。)

[本日聞いた音楽]
@ヘーガー指揮ベルリン・国立歌劇場 ヴァーグナー:『ローエング リン』全曲 独Cantus

(これは戦中のベルリン・ライブ。第一幕はそれほど煽っていないし、正直言って面白くないのだが、第二幕に入って俄然熱く なる。特に、オルトルートの絶叫アリアでのオケのTuttiが凄い。しかし、フォームが崩れていないのが戦中のHegerの凄さ。因みに、オルトルートは 上記Kempe盤でも歌っていた当時のオルトルート歌いのMargalete Klose!彼女のオルトルートはいくつあるんだろう?この当時は大体彼女が歌っているし、悪魔的ともいえる絶叫スタイルはやはり度肝を抜かれるか?歌手 も当代随一のものばかり。フェルカーのローエングリン、マリア・ミュラーのエルザ、ホーフマンのハインリヒ王、プロハスカのフリードリヒである。音は戦中 のライブとは全く思えないほどの明快さ。笑えたのが、フェルカーの歌うローエングリンの最後のアリア、『遠き国に』のまるで歌謡曲のような歌いっぷり。正 直言ってうぷぷものである。因みに、Ludwig Suthausも同曲をこのような歌い方をしているので、当時はそういう歌い方であったのであろう。少々気持が悪いが、面白さはこの上ない。久々に聴いた が、このローエングリンはなかなかの白熱の演奏である。第一幕を抜かせば。やはりHeger戦中は若かった。)

@セル指揮クリーヴランド管 ブラームス:交響曲第二番、第三番
@同 同:ブラームス:交響曲第四番他 米Sony Classic

@ヴァン・ケンペン指揮BPO ベートーヴェン:交響曲第三番、序 曲『献堂式』 Philips
(これぞ男の演奏。堂々として、立派。素晴らしい筋肉美。最初から最後まで感銘を受けてしまった。)

die.05.apr.  ようやく暖かくなった。嬉しいこと限り無し。少ししたら外出しようとするか。

 本日、ようやくamazonで頼んだ本到着。
*村松剛著 『ジャンヌ・ダルク 愛国心と信仰』 中公新書
*ファビオ・ランベッリ著 『イタリア的考え方 −日本人のためのイタリア入門』 ちくま新書
*羽生道英著 『伊藤博文 近代国家を創り上げた宰相』 PHP文庫
*高橋英夫著 『疾走するモーツァルト』 講談社学術文庫
*ピーター・ミルワード著 『ザビエルの見た日本』 講談社学術文庫
*ブルーノ・タウト著 『ニッポン』 講談社学術文庫
*ドナルド・キーン著 『日本語の美』 中公文庫
*谷崎潤一郎著 『文章読本』 中公文庫
以上。さぁ、どれから読み始めようか。しかし、先日買った本もあるし、他に予約してある本もあるし・・・。ささやかな幸せ。

[本日聞いた音楽]
@クナッパーツブッシュ指揮ミュンヒェン国立オペラ ヴァーグ ナー:『トリスタンとイゾルデ』全曲 葡Gala

(これはOrfeo盤。 3CDである。)
(これですな。Wagnerという悪魔の正体は。このたまらない毒薬。まさに、それを体現したのがこのKnaの演奏であ る。)

@ヴァン・ケンペン指揮BPO ベートーヴェン:交響曲第七番、第八番 Philips

@セル指揮クリーヴランド管 ハイドン:交響曲第94、96、98番 米Sony

(Sonyが誇るHeritageシリーズ。だが私のはかなり前のもので前期ザーロモン・セットのCD。上記のもSetの も今は廃盤!なんたる。)
(ヴァイオリンの対抗配置の妙とセルのザッハリヒが巧く融合されてある名盤。吉田秀和氏がその著の中でライナーのそれと共 に推薦していたものである。正直言って以前ほど感銘を受けなかったが、98番における、セルのではなく作曲家ハイドンの天才性が見事に開花したのはひとえ に指揮者のおかげであろう。録音はリマスターされておらずやや金属的な響きがして好きではない。尚、最後の可愛い通奏低音はチェンバロで弾いている。)

@シュウリヒト指揮ヴイイン・フィルハアモニイ ブルックネル:ジムフォニイ第九番 仏?独?英?EMI

(深夜なので、ヘッドフォンで聴いた。何時もはSchurichtに厳しい私だが、この演奏だけは格別である。シューリヒ トの感性、ヴィーン・フィルの美しさが高度に昇華されたものだと思っている。更に美しさ一辺倒ではなく、ブルックナー九番の持つ、深遠性、宗教性もまた見 事なまでに表現しきっている。特出すべきは録音で、ヘッドフォンで聞いたせいもあるかもしれないが、よくこの曲を具現化していると思う。ステレオ装置でス ピーカーで聞いたときはそうとも思わなかったが。)

mit.06.apr.  ひや〜。暖かい暖かい。睡魔を誘う春の訪れ。更に花粉もか?

[本日聞いた音楽]
@レオンハルト指揮シュトゥットガルト帝國放送管 ヴァーグナー: 『タンホイザー』ドレースデン版 墺Preiser
(以前中古で買ったけれども、聴いた時にこれを売った人の心理がわかったもの。しかし、再度聴いてみるとなかなか適度に熱 い演奏だし、この時代にしては驚異的にクリアーな録音。タンホイザーで重要なハープがもろにきこえて、逆に気持が悪いが。歌手は二世代前の歌唱である。 尚、指揮者のGMD Prof.カール・レオンハルトはPreiserに『神々の黄昏』第三幕、『ヴァルキューレ』抜粋(一幕)、『オランダ人』が出ている。)

@フルトヴェングラー指揮トリーノ、ローマRAI放送響 ヴァーグ ナー:管弦楽曲集 伊Cetra
(かなり前の発売CDで、恐らく90年代の前期だったと思う。何もリマスターされた旨がかかれていないが、音はこの時期のイタリアのライブにしては上等だ と思う。妙にステレオ的拡がりがあるので最初は人工ステレオかと思ったくらい。フルトヴェングラーのイタリア客演は50年代結構あったらしく、これはト リーノ、及びローマにおけるコンサートの模様からWagnerだけ抜粋したもの。オケは独墺のそれと比較するとかわいそうだが、指揮者の意向をかなり汲ん でいると思われる。)

@ライナー指揮シカゴ響 ヴァーグナー:管弦楽曲集 米RCA

(見よ、この若いReinerの指揮姿)        (カップリングはやや違うがLiving Stereo盤)

(ドライで豪快な、かといってドイツ的な意味でのWagnerではない、ある意味面白い解釈か。マイスタージンガーの前奏曲などは少々ブラスバンド気味に なっているし、トランペットの突き出しも今日的意味ではなかなか面白いといえようか?最後のコーダなど、思いっきりためがあってオペラ指揮者面目躍如と いったところか。ライナーはヴィーン、及びMETでの『マイスタージンガー』全曲、METでの『オランダ人』、Covent Gardenにおける『トリスタン』、『ヴァルキューレ』第二幕がWagnerのオペラ録音であろう。)

@シュウリヒト指揮ヴイイン・フィルハアモニイ ブルックネル:ジムフォニイ第八番 仏?独? 英?EMI

(昨日の続きである。九番と比較するとかなり面白くない。)

fre.08.apr.  ひや〜。暖かい暖かい。再度こう書いてしまう。昨日は友人との呑みの爲に、音楽を聴 く時間なし。かなり呑んだが、なかなか楽しいし、嬉しいので呑みはやめられない。呑まずにやっていられるか!


 閑話休題:シャイーによるマーラー全集が近々出るようだ。勿論BOXで、格安で。こういう既発売の一枚一枚をBoxとして全集にする場合、必ずといって よいほど「無用な」カップリングは消されてしまう。純粋な意味での全集にならないからだ。シャイーはひとつのCD創りのときに、おおよそメインの曲(この 場合はマーラーのシンフォニー)にカップリングとしてマーラーに関連した曲をいれている。これは珍しい曲だったり、編曲だったり、何れにせよマーラーと大 いに関連のあるものだ。一例をあげると、初録音だった、これだけ当時の音楽監督のベルリン放送響(現、ベルリン・ドイツ響)とのクック版の10番の場合、 シェーンベルクの弦楽合奏版の『浄夜』だったり、ベルクのピアノ・ソナタの管弦楽編曲版、マーラー編のバッハ管弦楽組曲、奥さんのアルマ・マーラーの歌曲 だったりする。そうした関連性のもとに、シャイーは一枚一枚意義あるCD(レコード=記録)を作成していたのだが、全集となった今回はそういった面白みの ある企画が消されてしまったのである。これは、商業上しょうがないといえば話は終わってしまうのだが、至極残念である。マーラーだけではない、その時代の 「音楽」の持つ問題性、魅力、提議がスポイルされてしまうからだ。かといって全集Boxになったスリムケース及び価格の魅力には抗し難い。愚痴になってし まうが、やはり、制作会社はこうしたことをちゃんと考慮に入れて欲しい。

一昨日には以下の本を読破。かなり、ややこしい表現が多く、話が真っ直ぐ進まず、寄り道やら、雑談やらが多い。更に、名前では「入門」となっているが、明 らかにこれは中級以上向けであり、「イタリア」に限定せず、文化人類学(著者は山口昌男の愛弟子だとか)的な内容であるので、名前に魅せられて読むと、大 きな間違いである(なにせ、ちくま書房であるから)。日本におけるイタリアへの先入見を排除する、「脱構築」を試みているが、それでも、かなり曖昧な終わ り方になっているのは、文化比較論の難しさを著者自らが図らずも具現しているに他ならない。

*ファビオ・ランベッリ著 『イタリア的考え方 −日本人のためのイタリア入門』 ち くま新書



[本日聞いた音楽]
@パレー指揮デトロイト響 ヴァーグナー:管弦楽曲集 日 Marcury

(ばっさばっさ切る。快刀乱麻を 切る。このダイナミズムといい、爽快さといい、いかにも非ドイツで、アメリカ的だが、格好いいこと限り無し。ドイツのオケに慣れた人には違和感もあるだろ うし、金管楽器が気持ちよすぎになっているのでWagnerを聴く、というよりも黄金時代のアメリカのオケの元気な金管を聴くというかたちになる。だか ら、深みやうねりは無いが、初期の作品、『リエンツィ』、『オランダ人』の序曲をきいていると、つい序曲だけではなく全曲ききたい錯覚を覚えてしまう。そ れにしてもこのなりっぷりの良さよ!

@シューリヒト指揮NDR響 『エグモント』序曲、ハイドン:交響 曲第86番、シューベルト:『未完成』 日Disque Refrain (海賊盤)
(海賊盤ながら、非常に優れた演奏、音質が多い自称カナダ製、でも実は日本製のDisque Refrain。このシューリヒトのはハンブルクでの客演公演で全てライブ、モノーラルの録音。年代は定かではない。)

@パレー指揮デトロイト響 ドヴォルジャーク:交響曲第九番、シベ リウス:交響曲第二番 米Mercury

(これもまた、旧き佳き時代のアメリカ録音。まさに、オケも録音もアメリカン。いや、も、ご立派としか言いようが無い。Dvorakはまさに『新世界よ り』で、この曲の解釈のある頂点というか、一点を突いていると思う。元気溌剌で、俊敏にして、豪快。すっきり爽やかである。その点、少しでも北欧情緒が必 要と聞き手には思われる、思い込んでいるシベリウスとは波長が合わないのでは?でも、これもひとつの解釈であって、悪い演奏ではない。少し心に残るものが あるが、たまに聞く分にはこういったシベリウスもまた佳いのでは?)

@ベーム博士指揮VPO ヴァーグナー:管弦楽曲集 日DG
(なんとも、面白くない演奏じゃ。最晩年の気の抜けた演奏。それはそれで悪いこともないが、ことWagnerに関しては、?マークが付く。音も昔の日本盤 だから期待は出来ない。買った当初より期待外れ盤だった。ジャケットのWagnerの肖像画のみ佳し。)

@バレンボイム指揮CSO ブルックナー:交響曲第一番、Te Deum DG
sam.09.apr.  本日最後の本の予約注文が到着。これ以上買うと、お金と重量がOverかな?

*辻邦生著 『美しい夏の行方 イタリア、シチリアの旅』 中公文庫
*澤井繁男著 『ナポリの肖像 血と知の南イタリア』 中公新書
*野村實著 『山本五十六再考』 中公文庫
*S.ウォッシュバン、目黒真澄訳 『乃木大将と日本人』 講談社学術文庫
*田之倉稔著 『ファシズムと文化』 山川出版社

[本日聞いた音楽]
@クーセヴィツキー指揮ボストン響 ヴァーグナー:管弦楽曲集 伊 AS-Disc
(所謂Sergei Koussevitzky Editionのひとつで、一晩のコンサートの模様の抜粋。もこもこして拡がりにかける録音。このレーベル、いまはなきレーベルなのだが、かなりマニアッ ク内容、指揮者の主に放送録音ものを良く出してくれた。しかも廉価だったし。残念ながら市場にはもう殆ど出回っていないが、このクーセヴィツキー・シリー ズはどれも非常に楽しめた。いかんせん音がしょぼいのはどれをとってもなのだが・・・。BSOからかなりドライに、CSOにおける、Reinerやら Soltiなみのドライさである。この当時はこういったドライな、トスカニーニに代表されるような、演奏様式がアメリカの趣向であったようだ。面白かった のは、『マイスタージンガー』前奏曲。最初のTuttiでフルトヴェングラーのような「曖昧さ」を醸し出していたのはライブゆえなのか?テンポは今時代に しては遅いほうか?わけわからん「ため」なんかあるし、なんか、ほんの少々ピッチが高いような・・・気のせいか?)

@クナッパーツブッシュ指揮NDR響 ヴァーグナー:管弦楽曲集  伊Hunt
(Hamburgにおける1962年のWagnerコンサートの模様を一枚に収めている。)
son.10.apr.  昨日は澁谷で音楽仲間と会い、その後当然の如く呑み。かなり呑んでしまって、帰りの 電車の中では睡魔との飽くなき闘いでした。澁谷からは鈍行だったので、帰宅するまでに、なんと1時間40分もかかってしもうた。都会の田舎、とはこのこと を指すのか?
 さ、今晩も呑みです。昨日から四連荘になる予定。木曜日も呑みだったし、来週の木曜日も呑みだし。

行きの電車の中で幸運にも座れたので、澁谷まで下記の本を読破。

*瀧井敬子著 『漱石が聴いたベートーヴェン 音楽に魅せられた文 豪たち』 中公新書
こういった珍しくも興味深い内容が新書ででてきたのは感謝すべきだが、批判的な立場が余りないのと、文章がやや硬く一本調子になっているのは否めない。し かしながら、明治の文豪たちの「西洋音楽」の受容が、近代国家への前進の過程の中で西洋文化を如何に吸収、消化してきたかの点では非常に面白く読めた。少 々名前負けしているかな?

[本日聞いた音楽]
@クナッパーツブッシュ指揮NDR響 ヴァーグナー:管弦楽曲集  伊Hunt
(昨日はタイム・オーヴァーで『マイスタージンガー』第一幕、及び第三幕前奏曲のみしか聴けず。本日は引き続き残りを拝聴。曲目は『トリスタン』から前奏 曲と愛の死、『ジークフリート牧歌』、『神々の黄昏』より最終場。歌唱はアルト!のクリスタ・ルートヴィヒ。オケも歌手も、指揮者の息の長い、深い呼吸に ついていけず齟齬を感じる。茫洋の中にも熱いものを感じた。静の中に、深遠なる、それでいながら下から突き上げる動を感じた。)

@ホルライザー指揮バンベルク響 ドヴォルジャーク:交響曲第九 番、他 瑞西Tuxedo
(いまいちその存在が不明なスイスのレーベルTuxedoの、恐らくアメリカのVoxあたりからのLP板起しのCD。バンベルク響という、南ドイツのいか にも「ドイツ的」といえば響きがよいが、いささか頼りないオケを叱咤激励している、なかなか熱のこもった演奏。第一楽章の終結部なんか、安いギャラに反抗 しているかの如く、オケを叩いてかのごとく、盛り上がっている。同曲は聴いたことが無いが、一部喧伝されているKegelのような叩きつけるような熱さが あると思う。録音のせいは大いにあるものの、〜それゆえ〜非常にドライな印象を覚える。それにしても、バンベルク響がこんなに燃えた、しかもスタジオで! 演奏は他に無いのではなかろうか?
 ステレオ録音とわざわざ表記してあるが、金属的なモノーラル録音。カップリングはゲオルク・ジンガー指揮ヴィーン響の4つのスラブ舞曲。
  VSOを振ったGeorg Singerの演奏は、上記と比較するとそれなりに盛り上がっているが〜舞曲ゆえ〜そこそこの出来か?

@レオポルト・ルートヴィヒ指揮ロンドン・フィル ドヴォルジャー ク:交響曲第八番、第九番 英?Bescol
(これまた妖しい?怪しいレーヴェル。Bescol。殆ど、今は無きVanguardからの勝手にLP板起し復刻であろう。表紙に書いてある、The Musical Treasures of Yesterday : The Sound Technology of Todayというのがほほえましい。指揮者は、Ludwig、Stokowski、Goosens、Stolz、Barbirolli、Krips、 Sargentなどである。尚、Gielen指揮ヴィーン響によるチャイコフスキーの『白鳥の湖』、弦楽セレナーデちゅう珍品もある、らしい。
 で、演奏の方は・・・。これまた、上のホルライザーのような叩きつけるような熱さがある、大名演でしょうか。特に第八番の方は、イギリスのオケからこれ ほど、自己主張を施したのもびっくりだが、伴奏指揮者だけではないコンサート、オペラ指揮者としてのL.Ludwigの本性が出てきたようにも思われ る。)
mon.11.apr.  昨日は中学時代よりの親友と横濱で呑む。相変わらずの天狗だが・・・。二人とも何時 ものように変わらない。安心。楽しい。そうか、もう、18年の長きにわたっての友情か。こういった友達は本当に楽でよい。素の自分が出るから格好つけずに 話せてね。

[本日聞いた音楽]
レオポルト・ルートヴィヒ指揮ロンドン・フィル ドヴォルジャー ク:交響曲第八番、第九番 英?Bescol
(結局昨日は八番から聴いて、第二楽章までしか聴けなかったので再度聴くことに。先ずは第九から。オケに対する感情移入及 び、すきのないコントロールはやはり、オペラ指揮者として何年も培ってきた経験によるもの。ある意味オペラ的な演奏といってもよいかもしれない。基本、テ ンポは速く、とりわけ第三楽章などはオケがなりきらないくらいに煽っている。弦のはじけるような刻み、ティンパニーの爆発、それでいながら透明で時には哀 愁感も漂ってくる管楽器なども。望むらくは正規盤でクリアーな音で聴きたかった。八番の方は九番と比較してかなり音が鮮明だが、ステレオよりもモノーラル 的なもの。音のフォームがくっきりして、音が手前に来ている。演奏の方は録音のお蔭で、九番よりももっとシャープ、ドライ、ダイナミックな仕上がりとなっ ている。この演奏で聴くと、第八番は第九番よりももっと土俗的、国民的な曲だな、とも思ったりした。第二楽章など、「爆演」と評しても不思議ではないほど の力の入ったもの。金管の爆発などに見られる狂気が「爆演」と評されるかもしれないが、それでも、しみじみした一種郷愁的なところもちゃんとあっているの が、素晴らしい。)

@クーセヴィツキー指揮ボストン響 バッハ:ブランデンブルク協奏 曲、管弦楽組曲 伊AS-Disc
(オールドスタイルによる、フルオーケストラによるバッハの演奏。クーセヴィツキーはどちらかといえば、当時のスタイリッシュでザッハリヒな解釈だが、今 日的な意味で聞くと、かなり時代遅れの様式である。メンゲルベルクやカラヤンのようなこってりべっとりの様式ではない。だから接点が見つからないわけだ が、どうしても彼独自の面白さが見つからなかった。)

@トスカニーニ指揮NBC響 ヴァーグナー:管弦楽曲集 伊 MEMORIES 3CDs
(三枚組みのセットの一つ目。いや、まったくもって、「完璧」とういのはこういうことを指すのであろう。アンサンブルの正確さは云うに及ばず、ダイナミズ ム、呼吸、オケとの掛け合い、テンポ、緊張感、静謐さ、どこをどうほじくっても、間違いがない。大げさなことをいってしまえば、「奇跡」に近い。トスカ ニーニの演奏は本当に久しぶりに聞いた。以前ほど感銘を受けなくなってしまったのが正直のところ。録音の悪さのせいもあるのだが、かなりドライすぎて、聞 いていて疲れるのである。しかしながら、偉大なる指揮者の藝術を否定する気にはさらさらなく、逆に完成度が高すぎるので、拒否反応があるのかもしれない。 しかし、この完全無欠なる藝術には、まったくもって感服するしか他には無い。今回色々とWagnerを聴いてきたが、こんなにしびれたのは KnappertsbuschとこのToscaniniくらいか。)

1 CD: マイスタージンガー第一幕への前奏曲、ローエングリン第一幕への前奏曲、タンホイザー序曲、リエンツィ序曲l、ファウスト序曲、さまよえるオランダ人序 曲、マイスタージンガー第三幕への前奏曲、ローエングリン第三幕への前奏曲
2 CD: ヴァルキューレの騎行、ジークフリート森のささやき、神々の黄昏ジークフリートの死と葬送行進曲、ジークフリート牧歌、タンホイザー第三幕への前奏曲、ト リスタンとイゾルデ前奏曲と愛の死
3.CD:タンホイザーよりエリーザベトのアリア、ヴァルキューレ第一幕第三場、神々の黄昏より日の出とジークフリートのライン行、神々の黄昏より最終場
fre.15.apr.  昨日は今回の滞在で最後の呑み。火曜日には盟友のHayashiさんと再会。今まで 我慢してきたCD買いだが、安さと面白さで結局Duttonのものを二つ購入してしまった。
 明日はベルリンへ出発だから精神的に慌しい。落ち着かないのである。


@ビーチャム指揮ロンドン・フィル Vintage Beecham 英Dutton 1CD 590円


@バルビローリ指揮ハレ管 シューベルト、ブラームス他 英 Dutton 2CDs 1170円

[本日聞いた音楽]
@アーベントロート指揮ライプツィヒ放送響 ブラームス:交響曲第一番 日徳間
アーベントロート指揮ライプツィヒ放送響 ブラームス:交響曲第二番他 日 DisqueRefrain
アーベントロート指揮ライプツィヒ放送響 ブラームス:交響曲第三番他 日徳間
@バレンボイム指揮CSO ブルックナー:交響曲第六番他 DG
@バレンボイム指揮CSO ブルックナー:交響曲第七番 DG

以上が昨日のもの

@アーベントロート指揮ライプツィヒ放送響 
ブラームス:交響曲第四番 日徳間
@アーベントロート指揮ライプツィヒ放送響+ベルリン放送響 ハイドン:交響曲第88番、97番 日徳間
@メンゲルベルク指揮ACO ベートーヴェン:交響曲第九番 1938年アムステルダム、ライブ 英Archive


@アーベントロート指揮ベルリンベルリン放送響 ベートーヴェン: 交響曲第九番 1950年ジルヴェスター・ライブ 日Arioso
son.17.apr.  昨晩、伯林に安着。今回はかなり〜7時間位、連続ではないものの〜睡眠できたので余 り疲れていない。

 思いがけないことに、パリで〜AirFrance使用でした〜飛行機に乗ったら、近所に住んでいる知り合いと会い、その後一緒にTaxiで家まで。ま た、パリまでの飛行機の隣に乗っていた外人さん〜恐らくドイツ人で、日本語が出来た。「カップめんはどこでいただけるのでしょうか?」と私に日本語で聞い ていた。日本の品が無い雑誌を読んでいた。〜もベルリンまでだった。

 久しぶりのベルリンはかなり暖かくて気持がよかった。コートを日本においてきたのも正解。行きは薄い古ぼけたトレンチコートだったのだ。荷物は合計4つ だったので、バスや地下鉄では移動が困難なために、Taxiだったのだが、客の取り合いならぬ、荷物が多いせいか、客の譲り合いであった。かなり、 Taxiのうんちゃんの気質故にあらっぽかったが。ほんと、客のぽんびきみたいだな、こりゃ。

S.ウォッシュバン著 目黒真澄訳 『乃木大将と日本人』 講談社学術文庫

(結論から要れば、乃木希典の稀に見るよいしょ本である。著者は日露戦争の第三軍に従軍したアメリカの記者であり、乃木大将の身辺まで随分と密接に交友関 係をなした人である。今でこそ乃木大将は悪名高い日露戦争での「大敗」、また、その前にあった西南戦争における軍旗喪失で有名であるが、そのひととなりに 肉薄した外国人、しかもアメリカの白人が世界に先駆けて、乃木大将を世界に紹介したものである。著者は乃木の中に失われつつある日本人魂、武士道のなんた るかを、実際に体現していた大将の中に見つける。批判的な面がそれほどないのではあるが、或る意味「良き日本人」を再発見した〜日本人では分からない〜外 からの眼の考察として興味深い書物であった。俳句の素養が大いにあった訳者の知的で趣の或る訳文もこれまた素晴らしい。尚、あの松岡正剛氏もしている。)

[本日聞いた音楽]
レーグナー指揮ベルリン放送響 シューベルト:交響曲第二番、第六番 Pilz
(最近シューベルトにはまっている。レーグナーの演奏はかなりぼやけた録音のなかから、田舎風のやや調子抜けしたほんわか 風味の演奏である。)

@ビーチャム卿指揮LPO Vintage Beecham 英Dutton
(録音は1933-39年までで、まだ戦前の録音。巷間イギリスのDuttonの録音はエフェクトをかなりかけて評判が悪いのもあるが、これは、最初のヘ ンデルのサロモンより女王シバの到着、1933年録音より、明快で驚愕である。丁寧で愛情溢れるビーチャムの演奏はウィットに溢れた彼の言動、私生活その もののようである。)

@バルビローリ指揮ハレ管 シューベルト:交響曲第九番他 英 Dutton
(サー・ジョンによる「The Great」の第一回目の録音であり、モノーラルのスタジオ盤。後年のはEMIへのもので、ステレオ録音。これはこれで多いに感銘を受けたもの。何たる歌 心、溢れる詩情、爆発するロマンティシズムでした。で、今CDによる第一回目によるものは如何に?先ずは録音から。これは發出はHMVによるもので、録音 はマンチェスターの自由貿易ホールにて。先ずは拡がりのある録音と、ホルンの大活躍するマイクセッティングに感激。殆ど晩年に近い二度目の録音よりも若い 一種の「熱さ」があり、第一楽章におけるティンパニーや、オケの盛り上げなどにそれがよく聴かれる。第二楽章は、シューベルトのメロディアスなところとバ ルビローリの叙情的なところの融合が見事。かなりはやめにすたすた進行するのが意外か?ここでは例によってオーボエが突き出している。第四楽章はいけいけ でのりのりである。推進力が充分で、かつしっかりと曲の構造を把握している。)

@ケーゲル指揮ライプツィヒ放送響 シューベルト:ミサ曲第二番、 ブルックナー:Te Deum Pilz
(East German Revolutionという、なんか今となっては笑わせるPilzのレーベル。ケーゲルのしかも、ライブによるものが貴重。しかしながら、ライブとかいて あるが、どちらかのひとつであって、録音年も各々違うようだ。)

@カバスタ指揮ミュンヒェン・フィル ブルックナー:交響曲第四番  独Pilz
(これも、Pilzのもの。MPOによる最初ののBru4だと思う。早めのテンポでさくさく進む。これは一昔前のブルックナー解釈かも。録音は 1943.6.30で、ライブらしい。詳細は不明である。しかし、オケの巧さ、面白さにおいては、以降のMPOによるブルックナー解釈より格段上である。 録音も緊張感とふくよかさを巧く表現している。)

バルビローリ指揮ハレ管 ブラームス:交響曲第三番、ドッペル・コンツェルト 英Dutton
(ハンガリーのとある交響楽団のウェブサイトの写真より。)
(先の シューベルトのカップリングの2Cd目のもので、バルビローリの第一回目のもの。第二回目は有名なEMIへの録音で、ヴィーン・フィルとのステレオ・スタ ジオ録音。意外とバルビローリ節であるこってりさは減退していて、力強い、健康体の演奏である。第二楽章では低音の拡がりから、弦による描写が叙情観を幾 分強く打ち出している。弦のレガートなぞは流石、サー・ジョンである。名高い第三楽章なんかは、まさに「映画音楽」のそれで、この音楽家は人間を否定した り、嫌うことをしない人であろうという考えが自然に涌き出でる。もしかしたら偽善者ヴァルターよりも、もっとロマンティックで、ある意味自由人であったの かもしれない。こう云うところはヴァルター、バーンスタインなどある意味政治的な人間には出来ないことであろう。ナヴァラとカンポーリをソリストに迎えた 協奏曲の方では、既にオランダのDiskyよりDvorakの後期交響曲集の一環として出ていたが、それは適切なリマスターが施されては居なかった。流石 に天地驚愕のリマスターとはいえないが、今回のは奥行きが広くなった。左右のレンジは狭いままだが・・・。LPではPyeから出たそうな。)

@クナッパーツブッシュ指揮VPO シュトラウス、コムツァーク、 ツィーラー、ウェーバー 独Decca

(「動かざること山の如し」のような演奏。なんか、ジャケットはやけに派手なのだが、その実正反対で、ぼこぼことした臺の 中でなっているような初期のDeccaの音創りには辟易するが、Knaの造るやけに大きい世界が所謂これらの小品の魅力を再創造している。Knaのような 大指揮者の小品というのは余り垣間見れず、なにせWさんとか、Bさん、Mさんのような大シンフォニー、オペラなどの演奏だけをとって評としている。が、大 指揮者というのは、トスカニーニ、クレンペラー、フルトヴェングラー、ヴァルター、クライバー、シューリヒトのような人でも、小品を「真面目に」扱い、あ たかもひとつの大交響曲のように聞かせる。そこが、大指揮者の所以である。私は、ヴァルツ集は典型的な演奏である、クラウスのようなお洒落なものより、剛 毅で軍隊的なクライバー、トスカニーニ、クナッパーツブッシュの方により魅力を感じる。特に、クライバーは私にとっての「シュトラウス父」であり、作品の つまらなさをエンターテイメントの王様として知るようになった。Knaのはご他聞に漏れず、豪快そのものだが、とてつもない美しさを感じた。)

@ミュンシュ指揮ボストン響 ブラームス:交響曲第四番、ドヴォル ジャーク:交響曲第八番 日RCA
(恐らく、自分で最初に買った交響曲であったろう。何年かは忘れたが、高校二年の時代で既にこのCDを愛聴していた。最初に聞いたのは父が持っていた、当 時話題になったカルロス・クライバーの有名な盤。しかし、当時の私にも今日の私にもあの演奏はさっぱりぴんとこずに、もっと暗めで渋めで、でもふくよかな 熱さがあるのを期待した。それで、ミュンシュもその頃の私には結構有名だったし、なにせ当時の廉価版1500円だったので購入した覚えがある。今ではそれ こそ多くのブラームスを「識っている」が、やはり基本はこのミュンシュ盤である。勿論、この曲は大概の指揮者で感動するものだが、ミュンシュを筆頭に、ザ ンデルリンク、カイルベルト盤くらいしか、「自分のブラームス第四番」ではない。決してそれほど有名な盤ではないが、私個人てきなおもひで、として聴いて いただければ幸いである。ミュンシュと云えば、パリ管の一番しか有名ではないが、この第四番も是非である。カップリングのドヴォルジャークもこれまた素晴 らしい。)

mon.18.apr.  非常に天気が良い日。嬉しい、なにせ、周りのドイツ人も機嫌が良いからね。
 大学が始まった。ようやくである。その後CD屋をはしご。

[本日購入 したCD]

(本当は旧盤である右のが欲しかった のだが〜解説書とジャケットのセンスのため〜購入したのは廉価の左のもの)
@アーノンクール指揮CMW ヴィヴァルディ:グローリア、ペルゴレージ:スターバト・マーテル Warner 5.99E

@コッホ指揮ベルリン室内管他 C.Ph.E.バッハ:交響曲集他 独Berlin Classics 1.99E

@ライナー指揮MET R.シュトラウス:『エレクトラ』全曲 独Archipel 3.99E


@アッカーマン指揮ケルンWDR放送響 プッチーニ:『マノン・レスコー』ドイツ語版全曲 独Walhall 3.99E


@セラフィン指揮フィレンツェ五月音楽祭管 ヴェルディ:『アロルド』全曲 独Walhall 3.99E


@ジュリーニ指揮フィレンツェ五月音楽祭管 ウェーバー:『オイリアンテ』全曲 独Walhall 3.99E


@グイ指揮フィレンツェ五月音楽祭管 スポンティーニ:『ホーエンシュタウフェンのアグネス』イタリア語版全曲 独Walhall 3.99E
(結構様々なレーベルから出てい る。)


@ミュラー・クライ指揮シュトゥットガルト放送響 ロルツィング:『密猟者』全曲 独Walhall 3.99E


@メンゲルベルク指揮ACO ブラームス:交響曲第二番、第四番 独Warner 4.99E


@メンゲルベルク指揮ACO ベートーヴェン:交響曲第一、第三、第四、第五、第六、第八番他 英Pearl 9.99E 3CD
(上記二つのメンゲルベルクはたまた まネットで検索していたら、安いのを発見したのでネット予約したもの。)

[本日聞いた音楽]
@アーノンクール指揮CMW ヴィヴァルディ:グローリア、ペルゴ レージ:スターバト・マーテル Warner

(アーノンクールを聴くごとに、必ず新しい発見があるのが楽しい。)
die.19.apr.  本日も朝から難しい授業。でも、あれは最後まで頑張る価値があるかもな。

 ドイツ出身の法王(教皇)が決まったようだ。ベネディクト16世とは古めかしい名前だ。

 昨日は久しぶりにMDで最近はまっている、ブルックナーの交響曲第四番を通学時に聞く。ジンマン指揮バーデン・バーデン、フライブルク放送響で、録音年 は不明。演奏時間もかなりゆったりとしていて、73:47というもの。版は恐らくハースを基にしているのでは?さて、演奏内容はこれが驚愕の美しさであ る。彼のR.シュトラウスの演奏、解釈に非常に意義あるものをどの曲に対しても感じたが、基本穏やかであり、ふくよかで柔らかい。ただ単にテンポが遅いだ けのチェリビダッケとは違って、根本的には田園風の爽やかさ、一種非ドイツ的とでもいいたいような、明るさがある。常に、楽器の明快さが大いに物をいい、 ブルックナーの新解釈と大げさに喧伝したいくらいだ。構造も、見通しが良く、初めてこの曲を聴くかの錯覚を感じた。

[本日聞いた音楽]
@メンゲルベルク指揮ACO ブラームス:交響曲第二番、第四番  Warner

(私は、メンゲルベルクの解釈に大いに尊敬の念を抱くのだが、ことブラームスに関してはそれほど感銘を受けない。彼のこて こての解釈が、ロマン派作曲家ブラームスと意外にも相性が合わないと思うからだ。ブラームスは自然体、だと偏屈な考えがあるが、こういったいじった痕跡が 大いに分かるものは残念ながら、魅力を感じない。しかし、それでも第四交響曲に見られた、第三楽章、第四楽章の面白さはやはりメンゲルベルクの魅力となり うるであろう。)

@ライナー指揮MET R.シュトラウス:『エレクトラ』全曲 独 Archipel
(元祖オペラ指揮者のライナーの面目躍如たる演奏。一気呵成にオケを煽るのは、この壮絶的なオペラの解釈にはうってつけである。オケに拡がりをもたせるよ りも、緊縮し、凝縮し、緊張を一点に集約するやり方はライナーのいつもの技。音は1952年のMETのライブにしてはましか?)

@マルティノン指揮フランス国立放送管 ドビュッシー:管弦楽曲集 Vol.1 英EMI
Orchesterwerke
(かつてのEMIのクリスマスボックスの中のひとつから、Martinonのドビュッシーとラヴェルの作品を纏めたもの。その頃のやんちゃな餓鬼にはフラ ンス音楽の偉大さ、特にDebussyの天才さなどわかるはずなく、これも、数回しか聴いていない。今聞くと、やはりDebussyは凄いですな。 Martinonはそれほど私にとって意義ある指揮者ではないが、ことこのDebussyとRavelは恐らくもっとも音楽の素晴らしさを直観的にわから しめる最上のエグサンプラーであると信じている。クリュイタンスも勿論いいが、EMIの対抗馬のMartinonだって結構えぐいことやっている。)

@チェリビダッケ指揮ミュンヒェン・フィル ブルックナー:交響曲 第四番 独EMI
(正規盤によるもの。やっぱり恣意的なテンポ設定が窮屈だ。勿論、非常に美しいのだが。それはそれで別問題である。)

@マルティノン指揮フランス国立放送管 ドビュッシー:管弦楽曲集Vol.2 英EMI
(このCDには、私の好きな、『遊戯』、『イベリア』それと、『春』が入っている。これリマスターが1989年という少し旧い時期になされているが、フラ ンスのPathe Marconiでいいるせいか、なかなか聞かせてくれる。)
mit.20.apr.  急に寒くなる。天候が良いだけにアンバランス、ミスマッチである。窓から見える木々 には素晴らしく緑が映えわたっているのだが、一歩外へ出すとまだまだ空気が冷たい。

[本日聞いた音楽]
@アッカーマン指揮WDR放送管 プッチーニ:『マノン・レス コー』ドイツ語版全曲 独Walhall

(私はプッチーニが駄目だ。特にTosca意外は甘ったるいコーヒーのようだからだ。故にこのCDも購入するのを逡巡し た。が、ドイツ語版で指揮者がアッカーマンだからだめもとでよいので試してみた。一聴、イタリア風のレガートなど無しのシンフォニックなプッチーニであ る。意外とこれが私には聞きやすかった。やはり、プッチーニはドイツ語版で聞くのが私は好き。邪道といわれそうだけれども。良いのだ。)

@マルティノン指揮フランス国立放送管 ドビュッシー:管弦楽曲集Vol.3 英EMI
@マルティノン指揮フランス国立放送管 ドビュッシー:管弦楽曲集Vol.4 英EMI
(Vol,.1+2に比べると有名曲が少ないが、楽しめた。が、音質及びオケの精度が落ちたような気がするのは気のせいか?)

@バルビローリ指揮ハレ管 ドヴォルジャーク:交響曲第七番 蘭 Disky
バルビローリ指揮ハレ管 ドヴォルジャーク:交響曲第八番他 蘭Disky
(すっかりお馴染みになってしまったバルビローリのものの中の一つ。暫くぶりに聴いてみたが、やはりオケは洗練されずとも、下手であるとも、共感するとこ ろが多々ある。それはなぜか?恐らく、指揮者の音楽に対する偽らざる共感と慈しみ、及び尊敬ではないであろうか?バルビローリのやる音楽を聴くにつけても こういった思いが湧き上がる。1957年録音のScherzo Capricciosoは爆演の名に恥ずかしくない。ただ、お次の一年後である1958年録音の『伝説』抜粋は録音がナローになっていて、息苦しさを感じ る。残念。)
don.21.apr.  なんか今日は忙しかった。音楽聴く時間が余り無い。行き帰りではMDでヴァント指揮 NDR響のこれでもかよのブルックナー:交響曲第四番を聞く。

[本日聞いた音楽]
@メンゲルベルク指揮ACO ベートーヴェン:交響曲第一番、第三 番 英Pearl

(いとおもしろきの、メンゲルベルクかな!)

@バルビローリ指揮ハレ管 ドヴォルジャーク:交響曲第九番 蘭 Disky
(彼のDovrakの録音の中でもっとも、激しいパトスを感じるもの。スタジオ録音でこの、情感さよ。録音も当時のEIMにしては拡がりがあると思われ る。)

@マルティノン指揮パリ管 ラヴェル:管弦楽曲集Vol.1 英 EMI
(クリュイタンスのラヴェルが柔、だとすると、マルティノンのそれは剛、といえようか。センシティブな面よりも、カラフルでダイナミズムを基点としてい る。)

@Grodd指揮カペラ・イストロポリターナ プライエル(プレイ エル):交響曲集 Naxos
(ハイドンの弟子、でプライエル・ピアノ、パリのプライエル・ザールとして有名な作曲家。彼はまた出版社としても有名で自作の他には、ボッケリーニ、ハイ ドン、クレメンティ、ベートーヴェンなどの作品の出版元であった。また、史上初のミニチュアスコア〜現在ではフィルハーモニア版が有名〜を出版・発売した のでも重要。曲想は師匠である大ハイドンの影に怯えながらも、自己の主張を出している一つの18世紀の交響曲音楽であると思う。)
son.24.apr.  週末である。しかし、既に日曜日の午後6時。少々の寂しさと共に、時間が過ぎてい く。

 昨日は日長、HPの表紙創り。かなり、良い具合に出来たが、まだまだ問題あり。

 あぁ、時間が無くて読書の時間なし。これからするかな。最近は専ら英語の勉強しかしていないが、少しは本科の勉強もせねばのぉ。
 っていうか、「ポスト構造主義」ってなに?

[本日聞いた音楽]
@テンシュテット指揮LPO マーラー:交響曲第二番、第三番、第 四番 英EMI

(久しぶりに聞いたテンシュテットをテンシュテットたらしめるチクルスの録 音。あらぶる神が室内で燃え上がる、といったところか。バーンスタインまで混沌としていないし、或る意味では「標準の」マーラー解釈かもしれない。誰しも ライブでは熱くなるので、彼のライブを放送録音しか知らない私としては、スタジオでもこれほどまでの熱いパトスに打たれる。しかし、今まで私はこういった 情熱系の解釈は、マーラーに限らずいささか敬遠してきたのも事実。曲の構造をみっちりクリアーに表現するのが好きなので、クーベリックとか、後期のインバ ル、クレンペラーを主に好んで聴いてきた。また、殆ど聴いたことがないが、少しの経験からいって、ブーレーズ、ギーレンのような「脱構築」的解釈も好き だ。だから、現在でもテンシュテットの情熱型のこういった解釈は不滅であろうし、一種の普遍性を持っているとも思う。残念なのは、いつものことだが、 EMIのはっきりしない録音であり、これがために録音の魅力・威力が減じているのは否めない。EMIのは概して大音量で聴くのに適しており、申し訳程度の 音量で聴くとその効果が出てこないのは確か。個々は評さないが、特に二番の録音、しかもDDD、が極めて狭いレンジで、分離も悪かった。昨日聞いて私に対 するテンシュテット理解に一躍買った第一番のADDの方がよっぽど良い。それにしても、テンシュテットのマーラーに対する敬愛、尊敬、研究は目を見張るも のがある、とようやくにして分かった次第である。)

@ミュラー・クライ指揮シュトゥットガルト放送響 ロルツィング: 『密猟者』 独Walhall
(第一幕はかなり、気合がはいっているし、曲想もよいのだが、第二、第三となると、ややだれる。HegerのEMIへの録音もなかなか良かった。)

@マルティノン指揮パリ管 ラヴェル:管弦楽曲集 Vol.3 英 EMI
mon.25.apr.  PCの打ち込み作業は疲れる。
 最近は、またまたブルックナーの交響曲第四番。最近MDでWandのNDRライブを聞いて、その古典的精錬さ、清潔さ、均等なフォームに再度感動したば かり。MDではVonk指揮WDRケルン放送響を聴いて、余りのつまらなさにがっかり。余白に入れたノーリントンの『悲劇的序曲』の面白さと良いコントラ ストであった。ブルックナーの第七番はマンフレッド・ホーネック指揮フランクフルト放送響による2001年ライブ。これは日本でも裏青になっているらし く、好評のようだ。聴いてみてびっくり。インバルの印象が強いために、このこってりとした情熱的演奏には目から鱗状態であった。これは素晴らしい。 Suitner指揮シュターツカペレ・ベルリーン並みの動的なものだ。良し。本日のMDはテンシュテット指揮
バーデン・バーデン、フライブルク放送響によるマーラー:交響曲第四番と余白にはライ ンスドルフ指揮バイエルン放送響によるライブ、『ジークフリート牧歌』。

[本日聞いた音楽]
@アブラヴァネル指揮ユタ管 マーラー:交響曲第四番 米 Vanguard

(録音の明快さによって、オケのへろさがもろにでているが、曲が難解〜本当はそうではないのだが〜ではないために、これは いける。独唱もマーラーのスコアに言うとおり子供のような純粋な声である。)

@ジュリーニ指揮フィレンツェ五月音楽祭管 ウェーバー:『オイリ アンテ』全曲? 独Walhall

@ベーム指揮VPO ブルックナー:交響曲第四番  Decca
(日本では名盤らしいこの演奏。昨年購入した時にはノーヴァクのスコアを見ながら全曲聴いたし、久しぶりにスコアを見なが らきくべい、と思い再度このCDを聴いた。しかし、これは本当に名盤?やっぱり、巷間評価が高かったり、なんとか賞ををとったものとかは、実際にこの耳で 聞かないと駄目だ。ブルックナーは雰囲気の音楽じゃない。正直言ってベームの云いたいことがさっぱり分からん。縦の線はいつものVPOの如くあっていない し、どうせあわせるきがなかったのであろう。管楽器も魅力に欠けるし、Tuttiでの五月蠅さ、またSofiensaalでのDeccaの音創りの酷さは 昔からである。有名だからといってこの盤を買うと、ブルックナーが嫌いになってしまうのでは?VPOもそれほど魅力的なオケではないが、この曲だったら よっぽどHaitinkのほうが自然体で宜しい。ベーム博士、日本人にはブルックナーは分からないってのたまっている場合じゃないでしょう。)

@スクロヴァチェフスキー指揮ミネソタ管 ラヴェ ル:管弦楽曲集 米VOXBOX
sam.30.apr.  更新せずに、既に週末だ!

 今週も色々とあったな。音楽も色々と聴いたし。購入した本は金曜日に、450 Jahre Sächsische Staatskapelle DresdenというBärenreiterから出ている本で、1997年に出版されたもの。アクチュアルじゃないために、39.95Euroの本が、 4.95で売られていることをNetで発見。店に行ってみると、探し回ってもらったあげくに、店用においてあったもので、少々傷がついていたために、更に 安く、なんと2.95Euroである。数多くの写真と、独英表記のもので、写真集として見ると面白い。
 同じく金曜日にはAmazon.deで依頼していた本が到着(授業で使うので)。Georg Büchner Werke und Briede Münchner Ausgabe (dtv)と、前々から欲しかったもので、実際卒論の時に使用したStefan ZweigのDie Welt von Gestern(邦訳:『昨日の世界』)(Fischer)である。

 聴いた音楽はテンシュテットのマーラーとか、EMIのffシリーズのWaltonとか、etc.

[本日聞いた音楽]
@ケンペ指揮 R.-コルサコフ:『シェヘラザード』(RPO)、 ベルリオーズ:『幻想交響曲』(BPO)、ドヴォルジャーク:交響曲第九番『新世界より』 蘭Disky

(好きではないといいつつも、EMIの録音はかなりある。DeccaやDGよりも多いと思う。このDiskyのもオリジナ ルはEMIで最近では英Testamentが系統的にKempeの録音を出した。新しいCD-Playerできくと、以前はそれほど感銘しなかったのも、 機械のせいでかなりよく聞こえる。この録音もそうで、ホールのせいか、拡がりのある、楽器の分離も当時のEMIにしてはかなりよく録れていると思う。正直 言ってゲップのでるような内容、プログラム音楽三つ、しかも、「民族色」の濃い曲目だけ。しかし、ケンペはなにかと爆演傾向の強いこれら三つの曲を、きわ めて純音楽的に、すなわち非プログラム的、非民族的、非音画的に表現していると思う。ケンペ、なかなかである。)

@カラヤン指揮バイロイト祝祭管 ヴァーグナー:『トリスタンとイ ゾルデ』 独Walhall
(カラヤンがバイロイトとへそを曲げる前の録音。颯爽とばりばりとしていた若き50年代の、ライブ、しかもバイロイト祝祭でのもの。オリジナルは Orfeoのものだが、これは非正規盤であろう。でも、安いから良いのだ。この時代のカラヤンはオペラの流れが非常に巧い。)

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